第17話「偽装召喚」

マグジールの放ったディバイン・ブレードの黒い影に呑まれ、アルシアは落下する。

両の翼はボロボロに朽ち、尾は半ばから千切れ地面に激突する。

崩れそうになる身体を何とか留めながら、マグジールは息も絶え絶えにアルシアに近付く。


彼は虚ろな目を何処に向けるでもなく、その亡骸はピクリとも動かなかった。

影の力も最早先程撃ち尽くした。

残った魔力でサンダーランスを1本作り出して、念の為にと、その心臓に投げつける。

普通ならばこんな真似をすれば絶命する。だが、相手は災い起こしのアルシア・ラグドである以上、警戒しておくに越した事はない。

そして、その警戒は当っていた。


「2度目は効かんぞ、アルシア!」

「がはっ!?」


マグジールは変わり身を囮に隙を窺っていたアルシアを影の刃で両断して、今度こそ絶命させた。

しかし……


「何故……ワタシは?」


影の力は先程、アルシアの放った雷を破壊する為に全て失っている。

もう出せないのだ。

それに、後から出てきた方のアルシアを見る。

致命傷ではないのに何故息をしていない?

これではまるで、……。

それに気付いたと同時だった。


「――――偽装召喚、」


その短い言葉と共に、今まで見ていた世界がパキンッ、とガラスが割れるかの如く砕けた。

そこにはアルシアが放った赤黒い雷の破壊跡も、マグジールが斬ったアルシアの遺体も、使った気になっていた影の残滓すら無い。

歩いてあと数歩、そこに先程の戦闘のダメージが一つも存在してないアルシアが、夜の様に暗い闇に包まれていた。


「―――――っ。」

「戯神・ロキ―――」


その言葉が放たれる前に、マグジールは本能のままに走っていた。

この記憶の元々の持ち主が戦わずして勝った男。

戦えば、傷一つ負わす事すら出来ないだろう最強の下界の統治者。

使わせてはいけない……。

見てもいないのに、それだけが頭を埋め尽くしたからだ。

最早魔法を使う余力も、その時間さえも無い。

残った力の全てを乗せて、彼の心臓目掛けて剣を突き立てようとした。

だが、アルシアが纏っている闇をマントの様にはためかせると、辺りに鴉のような黒い羽が舞い散ると同時に、剣が触れた先から消失した。

剣を即座に捨てて、手刀の構えを作る。

だが、それを突き付けるよりも早く、黒い羽が更に広がりマグジールの周囲を闇に包んでいく。


「う…………っ、あぁぁぁぁああああっ!!」


確実に訪れる死と恐怖を誤魔化すように手刀を叩き込もうとするが、その指先が届く事はない。深い闇がマグジールの腕を飲み込み、消失させたからだ。

激痛に喘ぐ間もなく、眼前に戯神の力を纏った掌が突き付けられ、短い死の言葉が放たれる。


「戯曲――――、」




◆◆◆


「――――常闇の帷。」


その言葉と共に、辺りに展開した闇がより濃度を増してマグジールを飲み込んだ。


黒翼幻夢フォールス。邪悪竜ニーズヘッグの持つ力の一つで、相手にとって都合の良い幻を見せる幻術だ。

マグジールは俺が塵禍降雷を放ち、それを打ち破った後に俺にトドメを刺す幻を見ていた様だが、俺はその間にもう一つの魔法を仕込んでいた。


それが偽装召喚。契約したフェンリル達の力と、神殺しの力を混ぜ込んで強引に行う召喚魔法。

しかし、通常の召喚やアリスが使っていた、一度展開した召喚を一部位に集める集約召喚とは違い、ある物を混ぜ合わせて使う擬似的な物に過ぎない。

当然、本来の力には及ばないし精度も通常の召喚や集約召喚には遥かに劣る。

この召喚が成立しているのは、単に再現した力の対象が強すぎるからだ。


偽装召喚を解除し、消えていく闇の先を見る。

マグジールは倒れまいと膝を付いていた。

だが、それだけだ。

膝をついたその身体は端のほうから灰化して崩れていく。

常闇の帷によるダメージもあるだろうが、元々の活動限界が早まったのだろう。

彼は……、顔の半分が引き攣ったまま、笑っていた。


「最後のが………、奥の手か?」

「そうだ、本物とは程遠い力だがな。」

「………一つ、聞いていいか?」


穏やかな顔で笑うマグジールに「何だ?」と問いかける。


「………本当はニーズヘッグの力だけでも、いや………、それすら使わなくても勝てただろう?あの、神殺しの力だけでも……。」

「………………。」

「………何故、そこまでしたのだ?」


俺は少しだけ考えて、思った事を口にする。


「使っていいと思ったからだ。」

「マグジールと同じで、気に入らない顔だったからか?」

「逆だ。マグジールではないから、本気を出した。」

「………マグジールでは、ないから?」


驚くマグジールに、俺は「そうだ。」と頷く。


「……お前は強かった。今まで戦ったどの人間よりも。オリジナルのマグジールなんかより、遥かにな。」

「災い起こしのお前にそこまで言われるとは、光栄だな………。」 


目の前でマグジールの身体が更に崩れていく。

もう、身体の半分も残っていない。

それでも彼は笑っていた。


「面倒な男に付き合わせて、すまないな………。」


自重する様に笑うマグジールに頭を振る。

崩れていく彼に、俺はある事を聞くことにした。


「何か、言い残すことはあるか?」

「頼みがある………。」

「何だ?」

「代わりに、ワタシをこんな姿にしたアイツを殴っといてくれないか?」

「それくらい、構わねえよ。ついでに叩き斬ってやる。」


それを聞いたマグジールが「そうか……。」と目を閉じる。


「行くのか。」

「ああ……、もう行くよ。」


その言葉と共に、マグジールと呼ばれた男の身体は灰となり、空へと散っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る