前のエピソード――最終話「ヴェルンドの村、出立」

天蓋の大樹・最上層

「ったく、ロキの野郎………。キレたアルシアの面倒まで押し付けやがって。」

燃えるような赤い髪を後ろに流し、猛禽類のような鋭い目つきをした身体中ボロボロの大男は先程の事を思い出し、心底面倒くさそうな顔をして、目の前で膨大な量のツルによって格納、封印されていく旧友（ロキ）の遺体に悪態を付いた。

改めて、大男……スルトは封印されていくロキの遺体を見る。

ロキのその顔に人間への怒りや憎しみ、無念さは無い。

ただ、何処までも穏やかな顔をしていた。

『ボクが死んだら、遺体を封印して欲しい。それと……たぶんアルシアが暴れるから、それも頼めるかな？』

困った様に笑いながら頼んできたロキの顔を思い出して、スルトは苦笑した。

「たぶんじゃなく、バッチリ暴れたよ……アイツは。ダチのお前が殺されて、見たこともねえくらいよ……。」

どんどんツルに埋もれていくロキに、スルトは今度は穏やかな笑みを浮かべた。

「俺はこれからお前を封印した記憶を消す。神力の殆どをお前の封印に使ったし、アイツにくれてやった。ここに残るのは、お前の居場所も覚えてない、残り滓みたいなクソ弱い神だけだ。」

それだけ言って、スルトは最上層を去る。

地上に降りながら、自分とロキを狙う者に「ざまあねぇや。」と、ボロボロの身体で豪快に笑う。

感情を持ったという理由で、不完全な神だと神界から追放された。

連中を呪い、いつの日か奴らを……。そう思っていた自分がまさか、かつての奴らの様に世界を護る為に命を賭ける……。

何とも皮肉な話だ。

スルトは、今まで会った者達の事を思い浮かべる。

自分を大将と慕って、迎え入れてくれた巨人族の奴ら。

暇にかまけてあちこち旅して、交流してきたこの世界の人々。

どうしようもない程愚かなファルゼアの王族、考える事を止め、王の傀儡であり続けた勇者一行……

一癖も二癖もある、3人の高位魔族……

自分と同じ、神の位にありながら……、神らしくも王らしくもない緩い雰囲気の魔王であり、旧友でもある男……

スルトは魔道具で気配を消してから天蓋の大樹を出て、数キロは走ったところで魔道具の力を解除して、自身の気配をわざと膨れ上がらせた。

異変はすぐに起こり、目の前の光景にその鋭い双眸を向ける。

その眼前には、周囲を覆い尽くさんばかりに黒い影の様な物が漂っていた。

まるで、スルトを逃さないとばかりに。

スルトは鼻で笑ってからそれに近付いていく。

本来の姿ならこれくらい理由もなく潰せるが、そんな力はとうの昔に無くしているし、何よりロキの遺体を何処かに置いてきた時に、残っていたほぼ全ての力を使った。

「此処に居るのはただの絞り滓だ。ざまぁみろ。忘れられた神様よ？」

バカにする様に笑った瞬間、黒い影の様な物は津波の様に押し迫ってスルトの身体を飲み込んだ。

ロキの遺体を隠しに行く際にもコレに襲われて、その身体はズタボロになっている。

もう抵抗するだけの力も残ってない。

黒い影によって、身体は削られていき、スルトの身体に激痛が走るが、それすらも彼は笑った。

それでいい。そうしてくれた方が、お前を倒すだけの余地がアイツ等には出来るのだから。

この身体に宿っている神核はたしかに搾り滓ではある。

だが、あのバカ息子が戦う時に助けになるように、色々と小細工はしてある。

広大な砂漠の中で、小さな何の変哲もない石ころが埋もれてる程度のそんな些細な物だ。

コイツには見つけられないし、仮に見つけたとて、何の役にも立たないだろう。

スルトの身体は徐々に黒い影に呑み込まれ、意識も少しずつ消え去っていく。

意識が段々と失われていく中、最後に彼はそのバカ息子の事を思い浮かべた。

と言っても、血が繋がっている訳ではない。

戦争で焼かれていた村で、たまたま死に損なっていた子どもを助けて育てた。

自分が育てたせいか、段々と生意気になるわ、口は悪いわ……それでいて人間なのに魔界に遊びに行く馬鹿者。

いつまでも自分の下に置いておくわけにはいかないと、生き方なんかをひと仕切り叩き込み終えた時期に、自分の力の欠片を偽る形で書き記した本と、かつてロキに貰った鎖、ギチギチと鳴り響く刃に封をして与え、自分と過ごしていた部分の記憶を消してファルゼアの王都に置いてきた。再会してからは、持てる技の全てを継承させた自慢の人間の息子。