第42話「邪悪竜対堕ちた勇者」
「ぐ、ぅ…………っ!」
マグジールは結界魔法を剣に纏わせながら、自身を襲う無限とも言えるような数の魔法に追い詰められていた。
「ふふ、ふふふ……!あははははははははは!!」
加虐心を孕んだ残酷な狂笑を響かせながら、邪悪竜ニーズヘッグは150はあるであろう魔法陣という名の砲門から途切れる事無く次々と、マグジール目掛けて無数の魔法を撃ち出していく。
まるで魔力切れなど無い、と言わんばかりに。
だが……
「ブレイク!」
マグジールは自身を覆う黒い力を剣にも纏わせて、回避を主体に飛来する魔法を次々と打ち砕いてく。
さすがは2000年前は勇者と言われただけはある。
飛んでくる魔法を的確に、避けられない物だけを砕いていき、先程までは後退しか出来なかったのに今は前に出てきている。
しかし、それではニーザ相手には到底足りない。
「ぐあっ!?」
マグジールが魔法を斬り裂こうとした時、その動きを止められ、もろに魔法が直撃して吹き飛んだ。
「これはどうかしら?」
そこに追い打ちを掛けるようにニーザはドーム状に結界を展開。マグジールを取り込もうとするが、出来ない。
マグジールは結界が完成しきる前に結界を斬り裂き、大きく後退して防御魔法を展開した。
展開された防御壁に、夥しい数の魔法が撃ち込まれていく。
「………そうか、環境操作系の魔法か!!」
「ご明察よ、勇者様。この世界に完璧なんて物は存在しない。必ず抜け道という物は存在するのよ。」
マグジールが自身を傷付ける魔法の正体に気付き顔を歪めた。
マグジールが纏っている物、
言うまでもなく強力な神術……の様な物だ。
だが、ニーザの言う通り完璧な物ではない。
彼女が現在使っているのは環境操作系の魔法。
所謂、その場に実際に存在する物を魔力で操って使う魔法だ。
これならば神衣を纏っていようと関係ない。
何せ、実際に存在する物を魔法で撃ち出しているだけなのだから。
ニーザは先程から、この場にある物……熱風、溶岩弾、岩石、更には空間その物に干渉して、それを弾丸や結界として放っている。
簡単にやってはいるが、環境操作系を……それもこの規模で展開など普通は出来ない。
本人はしれっとやっているが、空間までも操作して使うなど、本来であれば不可能だ。
ニーザは魔法に関しては天才的な強さだ。
彼女と戦うには、前提としてこの膨大な数の魔法を全て潰した上で、尚且つ結界などの干渉さえも読んでそれも破壊するなり、展開前に打ち消すなりして戦わねばならない。
俺とフェンリルがやり合いたくない相手にニーザを選ぶ一番の理由がそれだ。
一度でも彼女のペースに持ち込まれれば、それは敗北を意味する。
「………認めよう、邪悪竜などと呼ばれる意味が分かった。お前は強い。僕が勝てないくらいにな、だが……!」
マグジールが持っている剣を頭上に大きく振りかざした。その刀身が真っ黒な力に覆われて、身の丈を遥かに超える巨大な刃が形成された。
あの技には見覚えがある。
ディバイン・ブレード。
勇者であるマグジールが持つ、最大にして最強の技。
人々を守る為に生み出された、彼のみが持つ究極の一撃。
ただ、本来であれば眩い白き光は、悍ましい程の黒き闇と化しているが。
あれならば直撃すれば、あのニーザでもただでは済まないだろう。
だが、ニーザはここで初めてつまらなそうに溜め息を吐いた。
「ディバイン・ブレード、ね………。あれじゃあ、ホープレス・ブレードの方が正しいじゃない。」
「黙れ!如何に貴様であれど、この一撃には耐えられまい!!」
「そうね、たしかにそれは喰らいたくないかも。」
そう言いながらも、ニーザは長い髪を指でくるくると巻いて遊んでいる。
何処までもつまらなそうにしながら。
「バカにしているのか!」
「そう思うなら撃ちなさい、勇者マグジール。勝てると思うなら、ね?」
「ほざくな!ディバイン………っ!!!」
マグジールが更に力を剣に流し込み、その刃を肥大化させ、大きく振り下ろそうとした。
当たりさえすれば、あの刃はニーザを殺せはしないものの、深手を負わせることは出来るし、勝つ事は出来るだろう。
当たる事さえすれば、だが。
この大人の姿のニーザはたしかに危険だ。
何故か分からないがやたらと俺に好意を見せてありとあらゆる方法――時に結界魔法を使ってでも――で俺を捕らえようとするし、割とすぐに建物も消し飛ばそうとする、というより何度か消し飛ばした。そうするだけの理由はあるし、その度にロキに怒られてたけれど。
だが、根底はフェンリル達と同じだ。
彼女は危険であるし、フェンリルほど優しくはないが、建物を吹き飛ばしても人間を傷つけない。
そう………
背後にドワーフや冒険者がいて、彼らの村が射線上に存在するというのに、そんな物を撃たせる訳が無いのだ。
邪悪竜と呼ばれたニーザは何処までも冷たい目をマグジールに向け、手にした錫杖を大きく、彼の剣の方に向けてしゃらん、と音を立てて振り下ろした。
瞬間………
パンッ、という乾いた音と共にディバイン・ブレードは跡形も無く霧散し消えていく。
「………………は?」
何が起きたのか分からない、と言うようにマグジールは振り下ろそうとした剣を見た。
彼が見たのは、何の力も乗せていないただの剣だ。
そして、その呆然とした顔でニーザを見た。
その目には初めて、恐怖が浮かんでいたのだ。
だが、ニーザはそんなマグジールの様子を気にすることも無く、その紅い眼を瞑り、また大きく溜め息を吐いた。
「デッドコピーもどきとはいえ、勇者がドワーフの村ごと敵を狙うなんて、論外ね。」
空中の魔法陣が変化する。
先程までは溶岩弾や熱風、岩石を撃ち出していたそれは、圧縮した重力の球を次々と生み出していく。
そして………
「絶望を見せてあげる。跪きなさい。」
空を埋め尽くしていた魔法陣は更に増え、その数は倍の500に膨れ上がっていったのだ。
「嘘、だろ………。アレで全開じゃなかったのか?」
マグジールは青褪めた顔で剣を落としてそう呟くが、ニーザはその言葉に答えるように、静かにその錫杖をしゃらん、と鳴らしながら再び振り下ろす。
そして、錫杖の動きに追従するように……、無慈悲な重力の弾幕は地表を大きく抉りながらマグジールへと降り注いでいった。
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