第5話

* * *


 ディスプレイには『AI感情採点』と表示があった。


 一度でも100点が出ればクリア。今回は失敗時のペナルティはなく、いつでも部屋から出ることができるルール。


 しかし、リタイアしたら再チャレンジはできない。クリアするまで帰るつもりはなかった。


 手始めに前回歌った高得点ソングの1曲を歌ってみた。


――58点。


 嘘だろ、あり得ない。壊れてんじゃないか!


 90点以下を取ったことがない曲だ。高得点ソングのうち、残りの2曲も歌ってみた。


 62点、48点……。


 どういうことだ。音程は合っている。エコーや音量の設定が悪いのか。


 俺はタブレットに『ヘルプ』と書かれたアイコンがあることに気が付いて押してみた。


『AI感情採点は、人が聞いて心が揺さぶられる度合いを判定する機能です。音程が合っていることは、高得点の条件ではありません。聞き手の気持ちを考慮して歌うことを心がけてください』


 心を……揺さぶるだと?


 好きな音楽を聞いたら心が躍る。それを、実現しろということか。


 考えたことがなかった。


 そもそも、他人とカラオケに来ない。自分が心地よく歌えれば、それで満足だった。


 改めて歌ってみる。しかし、何点か上がっただけで、満点は程遠かった。10曲ほど歌ったところで、壁にぶつかってしまった。出口のない迷路に迷い込んだようだ。


「どうすればいいんだ!!」


 ソファーに倒れ込んだ。決まった3曲を繰り返し歌うのも飽きてきた。


「そもそも、なんで、活動を休止したんだよ!」


 俺は突然、理由が気になり、スマートフォンを取り出して調べ始めた。


 根拠に乏しい記事がほとんどだった。音楽性の違いという説、重病説、転職して歌手をやめたという、とんでもない説もあった。


 いずれにしても、活動を休止したのは事実だ。もったいない。


 そうだ、ライブ映像を見てみよう。


 俺は動画を再生した。


 繰り返し見てきたものだが、最近はイヤホンで音楽だけを聞いており、映像を集中して見たことがない。火野の歌い方を真似たら、得点が上がるかも。そんな打算が頭を巡った。


 詳細に観察すると……凄い。


 歌声が全て観客に向けられていた。全身で歌い、ステージを駆け回ってパフォーマンスをしていた。


 これだけの観客の前で歌えたら気持ちがいいだろうな。これまで、人前で歌うところなど想像したことがなかった。


 しかし、何曲かライブ映像を見ているうち、自分がステージに立っているような錯覚を覚えた。


 俺は起き上がって曲の番号を打ち込んだ。


 バラードの名曲『Wings of Hope』。


 ロック歌手がバラードというのはギャップを感じるかもしれないが、それがいい。高得点をとったことはないが、一番好きな曲だ。


 前奏が流れ、マイクを握り直す。


「みんな、聞いてくれ」


 ライブ映像の火野と同じ言葉を口にした瞬間、目の前に数万人の観客がいた。錯覚と分かっていても、妙にリアルに感じられた。


 喉がどうなってもいい。得点も気にならない。


 歌を届ける先は熱狂する観客。


 初めて感じる高揚感とともに、5分ほどの曲を歌い終えた。


「ありがとう!」


 これもライブ映像通りの言葉。歌が終わっても、観客の盛り上がりが続いている気がして、余韻に浸った。


 俺を現実へと引き戻したのは、ディスプレイが発する軽やかな電子音だった。


『満点です! クリア おめでとうございます!』

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