第3話

* * *


 腹ごしらえをした俺は、ついに本気を出すことにした。


 得意なアーチストの曲を入れるのだ。伝説のロックバンド『烈火の翼』。ボーカルはロックからバラードまでを歌いこなす『火野 鷹也』。


 これまで、100点を出してきたのは、全て『烈火の翼』の曲だった。火野と俺の声質は近いらしく、歌いやすい。

 最初に入れた曲は『Shadow of the Flash』。


 烈火の翼を一躍有名にした曲。ライブで盛り上がる曲……いや、盛り上がった曲だろう。


 残念ながら火野鷹也の歌声を聞くことができるのは、過去の映像の中だけだ。35年前に、バンドは休止してしまった。


「活動していても、こんなド田舎まで来てはくれないだろうけど」


 俺は立ち上がり、腹に力を込めて声を張った。やはり、烈火の翼の曲は気分が上がる。


 鼓動が高まる反面、冷静になることに努めた。採点は原曲との対比で行われる。音を少しでも外すと100点はとれない。


 歌い終えると、大きく息を吐いて採点結果を見守った。ルーレットのように数字が回転して、下の桁から停止していく。


 0……0……1――。


「よっしゃ! 100点!」


 ガッツポーズをして飛び上がった。上々のスタート。


 これなら楽勝……そう思ったが、このあと地獄を味わうこととなった。


 次の曲で100点を獲得したところで油断した。3曲目で93点と、俺にしては低い得点を出してしまった。


 そこからしばらく、100点がとれない時間が続く。


 時計を見ると、深夜0時を過ぎていた。長期戦に備えて、飲食物は多めに持って来てもらっていた。


 しかし、懸念すべきは喉だ。声量を押さえて、音程に沿うことを重視していても、どうしても喉に負荷が掛かってしまう。


「ちょっと、休憩」


 俺は大きく伸びをして、ソファーに寝転がった。焦るほど得点が下がっていく。冷静さを取り戻す必要があった。


 得点と歌の関係を分析することにする。


 ルール上、同じ曲で連続して100点をとってもクリアにならない。


 平均的に高得点がとれている曲は5曲に絞られていた。2曲はロック、3曲がバラードだ。喉へのダメージを考慮すると、バラードがよさそうだ。


 この3曲を繰り返し歌うことにしよう。


「よし!」


 起き上がり、フライドポテトを摘まんでから、オレンジジュースで喉を潤す。


 そこから、繰り返しお経を唱えて滝に打たれる修行僧のように歌い続けた。


「ハア、ハア……やっと……2回」


 久しぶりに連続100点を叩き出したときには、肩で息をするほど疲れ果てていた。


「次の曲で、100点がとれる気がしない」


 弱音こぼれ出た。喉が限界だ。次がラストチャンスかも。


 時計は4時を指していた。明け方が近い。そう思うと途端にまぶたが重くなってきた。


――仮眠をとって、喉を回復させよう。


 俺はソファーに崩れ落ちて、眠ってしまった。

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