第49話 禁じられた部屋

 あたしはこれから、ひとつの言いつけを破る。

 その結果、あたしの身に何が起きるかはわからないけれど、この好奇心はどうしたって留めようがないのだ。

 

 持ち出した鍵を鍵穴にさしこみ、ゆっくりと回したら、がちゃりと音がした。ドアノブに手を掛け、すうっと深呼吸をする。周囲に誰もいないことを確かめて、そっとノブを回す。ふと、初めてこの部屋に興味を持った日のことを思い出す――。


「もーいーかいっ!」

「もーいーよっ!」「まーだだよっ!」

 家のどこかから聞こえる弟たちの声は、くぐもっていた。

 かくれんぼの鬼を務める当時のあたしは、小学校に入学して一年目で、その日は確か夏休みのまっただ中だった。お盆中、父方の祖父母の家に連れられ、いとこの男の子を交えてのかくれんぼに興じていた。

 祖父母の家は、あたしたちが暮らす東京のマンションとは比べものにならないくらい広かった。木造の二階建てで大きな庭があり、障子戸の並ぶ長い廊下があった。幼いあたしは「旅館を開いたらどうか」と幼い提案をしたものだ。中二の今となっては、そこまでの大邸宅でないのはわかっているけれど、その辺の民宿よりは大きいと思う。

「もーいーよっ!」

 いとこのスタンバイが完了して、あたしの鬼活動が開始された。二階をも含めると難易度が格段に上がるため、隠れていいのは一階だけ。あちこちの部屋を開けて、弟といとこを探した。ひとつの障子戸を開けたら、縫い物をしていた祖母に遭遇し、「ここにはいないよ」と祖母はたおやかに微笑んだ。

 台所の片隅に弟を発見。協力していとこを探す。その家自体がいとこの住処なので、土地勘ならぬ「家勘」のある彼はなかなか見つかってくれなかった。あたしは五つになる弟と一緒に、あっちを探したこっちを探したと家の中を歩き回った。



 すると、廊下のいちばん奥にひとつの木戸があった。中からはがたごとと物音がして、ムームーと呻くような音も聞こえた。ここにいるのではとドアノブを回すも開かない。内側からいとこが押さえているのだと思い、力一杯回したけれどやはり開かなかった。鍵が掛かっているのかな、と思ったそのとき、


「その部屋は駄目っ!」


 背後からの声にびくっとしてしまった。振り向くと、いとこが慌てた調子でこちらに駆け寄り、あたしと弟を遠ざけるようにぐいと手を引っ張った。祖母も姿を見せ、その表情は明らかに引きつっていた。

小一の頃の記憶だというのに、その瞬間は鮮明に覚えている。

 いとこも祖母も間違いなく、何かを恐れていた。


 その後も夏になるたび、祖父母の家を訪れた。小二か小三の頃か定かではないけれど、あたしは祖父に尋ねた。あの部屋には何があるのかと。普段なら孫娘に優しい祖父がそのときだけ、ひどく不機嫌そうな顔だった。

「あの部屋を開けてはいかんぞ」

「開けたらどうなっちゃうの?」

「びっくりして口がきけなくなる。いや、頭の中を引っかき回されて、何も考えられなくなるだろう。気にせんことだよ」

 口がきけなくなる。

 何も考えられなくなる。

 正体の手がかりは一切掴めないものの、とにかくあまりよろしくない何かであるのはわかった。祖母やいとこ、いとこの両親に尋ねても、自分は知らないと答えるばかりだった。恐れをなした弟は一切近づこうとはせず、あたしの両親も詳しくは知らないようで、謎は頭の中にわだかまっていた。


 長年、わだかまり続けていた。


 そして今年の夏、あたしはいよいよその謎に迫ろうと決めた。

 祖父母のみならず、おうちの人みんなに怒られるかもしれない。両親にも叱られるかもしれない。けれど、確かめたくて仕方がないのだ。外から見てもその部屋に窓はなく、中を窺うことはできない。強引に開けて鍵を壊すのもまずそうだ。そう思ってあたしは、こっそりと家捜しをした。後ろめたさを好奇心が押し込めていた。かつてかくれんぼをしていた頃よりも向上した探索技能を活かして、家の隅々に鍵のありかを求めた。


 鍵を見つけたのは、お仏壇の写真立ての後ろだ。曾祖母の遺影の後ろにあった。


――行ってはならないよ。


 写真の中の曾祖母がそう言ったような気もしたけれど、一度火のついた好奇心を抑えることはできなくて、あたしは問題の部屋へと踏み出した。見つけた鍵があの部屋のものとは限らない。けれど、間違いないと直感的に思う。

 幸い、家の人間は出払っていた。廊下は静かだった。

 庭からは蝉の声が聞こえ、その隙間を縫うように、奇妙な音が聞こえた。

 かつて聞いたのと同じ音。がたごとと鳴る物音、ムームーという呻き声。

 あたしはこれから、ひとつの言いつけを破る。

 その結果、あたしの身に何が起きるかはわからないけれど、この好奇心はどうしたって留めようがないのだ。持ち出した鍵を鍵穴にさしこみ、ゆっくりと回したら、がちゃりと音がした。ドアノブに手を掛け、すうっと深呼吸をする。周囲に誰もいないことを確かめて、そっとノブを回す。


――びっくりして口がきけなくなる。

――何も考えられなくなる。


 祖父の言葉が、一瞬だけ頭を掠めた。

 戸を開くと、中の壁は金ぴかだった。

 床の上ではふんどし姿のアフロのデブがうどんを


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