第36話 噂の生首

 小学三年生のHさんは、学校でとある噂を耳にした。

「生首?」

「そうよ。道端に転がってたんだって」


 友人の話は身の毛もよだつものであった。友人の友人が実際に見たらしいのだ。

 その子が夜道を自転車で走っていたところ、前方の路上にそれはあった。はじめは猫か何かと思い、近づいてよく見たら人間の首で、彼女は泣き叫びながらその場をあとにしたというのだ。Hさんは話を聞いて身震いしてしまった。なおも友人は語り続けた。

「それだけじゃないの。男子から聞いたんだけど、首無しの体が歩き回ってたんだって。たぶん、その生首の体だよ。体が自分の頭を探してたんだよ」

Hさんたちの話を聞きつけたほかのクラスメイトが、こぞって彼女たちのそばにやってきた。自分の友だちも見た、噂を聞いたと複数の証言が出て、休み時間の教室は一時騒然となった。

「そういえば何年か前、近くで殺人事件があったんだよ」「あーっ! 知ってるそれ!」「殺された人の首かもしれない」「そうとも限らないよ。○○町のマンションで、首吊り自殺があったって」「あれって本当なの? きっとその首だよ!」

Hさん自身は見たことがなく、このときが初耳だった。

 みんなの情報を総合するに、生首は大人の男の人のものであるらしい。体のほうにしても、背が高くてがっしりした体つきだとの噂で、Hさんの頭の中でモンタージュができあがった。その日から、道行く男の人を見かけるたび、突然に首が転げるのではと恐ろしくなった。学校の担任に話すと、笑い飛ばされてしまった。


 生首を見るのが怖い。

 Hさんは、できるだけ道に余計なものを見つけないよう心がけた。結果的に周囲への警戒を怠ってしまい、危うく車に轢かれかけた。幸いにして怪我はなかったものの、自転車の操作を誤って民家の塀に衝突。自転車の前輪部が壊れ、父からこっぴどく叱られた。

「ちゃんと周りを見て運転しないからだ! 一歩間違えればどうなってたか!」

家の庭に怒号が響く。父は自転車の修理を試みているが、どうにも難しい様子だ。

「なんで気をつけないんだ? 急いでたのか?」

 Hさんは泣きべそを掻きながら、事情を話した。すると、父の顔色が変じた。

「そうか、子供たちも見ちまったのか」

 Hさんは意外に思って、ふと涙が止まった。てっきり信じてもらえないと思ったのに、父親は真剣な表情でHさんを見下ろしていた。

「酔っぱらうとたまにやっちまうんだよなあ」

父はぽりぽりと頭を掻き、両手を首に当てた。










 長身で固太りの身体から、首がすぽんと取れた。


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