第32話 おばけ屋敷のおばけ

 大学生のSさんには、付き合って半年になる彼女がいました。

 大学で出会った同級生の彼女でした。

 付き合い始めてから知ったことですが、彼女には昔から霊感があるそうです。

 実際、デートで出かけた先でも、霊が見えると話すことがありました。Sさんにはまったく見えないので、正直なところ半信半疑でした。

 くわえて、彼女は幽霊とコミュニケーションが取れるとさえ言うのです。

 待ち合わせに遅れたSさんが駆けつけたとき、彼女がベンチに腰掛けながら横を向いて、まるで誰かと会話するように独り言を呟いていることもあったのです。Sさんに気づくと、何事もなかったかのように振る舞うのですが、訳を聞いたら彼女は少しためらいがちに、「霊の女性と話していた」などと言うのです。


 本当だとしたらすごい力だと思いつつも、Sさんは疑ってしまいます。

 思い込みが強いだけなんじゃないか、とも感じていました。

 そこで、Sさんは一計を講じました。


 とある遊園地へとデートに行くことにしたのです。

 その遊園地のおばけ屋敷には、本物の幽霊が出るという噂がありました。

 もちろん、Sさんだって真に受けてはいません。

 遊園地の運営会社が客寄せのために流した噂に違いない、と思いました。

 けれど、もしも本当にいるとすれば、彼女がそれを見つけてくれるはずです。

 本当にいるならその幽霊と接触してみたい、とも考えるSさんなのでした。


「晴れてよかったねー、遊園地日和じゃーん」

 彼女は園内に入ると、快晴を言祝ぎながら天を仰ぎました。そんな彼女の姿はとても愛らしいものでした。霊感については疑いを抱いてもいるけれど、Sさんにとっては大好きな恋人です。彼女を試すようで悪いかなと思いつつ、ジェットコースターや観覧車など、一通りのアトラクションを楽しみました。

 めぼしいところを巡った後で、Sさんは言いました。

「次はおばけ屋敷行かない?」

「えー、やだよー、あそこいるもん、本物の幽霊」

 あまりにさらりと口にする彼女に、Sさんは驚きました。彼女の話では、おばけ屋敷の近くを通ったとき、幽霊とすれ違ったというのです。幽霊が中に入っていくのを見たけれど、別に話すまでもないから言わなかった、などと続けるのでした。

「それは悪い幽霊なの?」

「悪さをするタイプじゃないと思うけど、会うと疲れちゃうんだよね。変な幽霊だったら、ついてきちゃうこともあるし」

 Sさんは彼女にお願いをしました。自分も見てみたいと伝えました。嘘に決まっている、と冷静な自分がいる一方で、ここまで平然と語るからには本当なのかもしれないと、期待する部分もあるのでした。

「まあいいよ。そんなに言うなら」

 熱心に頼み込むSさんに根負けしてか、彼女はおばけ屋敷に同行してくれました。

 暗い廊下を進む最中には、不気味な人形やおどろおどろしい呪いの言葉、いきなり動き出す骸骨や突然の叫び声など、多くの仕掛けや演出が張り巡らされていました。つくりものとわかっていても、ハラハラしてしまうSさんなのでした。


 一方の彼女は恐れる風もなく、先に進んでいきました。

 少し開けた場所に来て、目に飛び込んだのはいくつもの首吊り死体でした。

 壁際にずらりと並ぶ死体があり、訪れた客を一目で震え上がらせる光景でした。

「ど、どうせあれだろ」

 Sさんは言いました。「スタッフが紛れてるんだよ、近づいたら驚かせるんだ」

「あそこにいるよ……」

 彼女はSさんの言葉も無視して、ひとつの死体のそばに歩いて行きました。

「この人、幽霊だと思う……」

 動かない死体を指さして、彼女は言いました。青白い顔をした男性の死体は皮膚の表面がつるつるで、蝋人形のようにも見えました。もしも人間であれば、何かリアクションをしてもよさそうなものです。けれど、微動だにしません。

「幽霊って………これは人形じゃないの?」

 Sさんはためしに、その胸を押してみました。

 その瞬間、Sさんは体のバランスを崩しました。


 人形に触れたと思った自分の手が、体をすうっと通り抜けたのです。


 間近に迫った人形の目が、ぎろりとSさんのほうに向きました。

 不思議なことに、その人形の体が透けて見えました。隣の人形に比べて質感が乏しく、半透明にさえ見えるのです。何かの仕掛けにしては精巧すぎるし、生身の人間であるとも思えません。相手の体をすり抜けた瞬間、自分の手がひやりと冷たくなるのを感じてもいました。

「……あなた、幽霊ですよね?」

 真面目な顔で、彼女は尋ねました。相手は縄に吊られた首を傾けました。

 こくり、と頷いたように見えました。

 こうなると、Sさんも信じずにはいられません。

 彼女もまた少し緊張しているようでした。幽霊に対して免疫のある彼女であっても、霊の性質を見極められない限り、油断はできないのかもしれません。

「わたしたち、あなたのことが見えています」

 彼女は静かに語りかけました。「何かこの世に、未練を残しているんですか。あなたと一緒にはいられないけれど、聞いてほしいことがあればうかがいます。この場所に何か、特別な思いを抱いているんですか」

 幽霊はしばらく押し黙りました。

 そして、そっと口を開くのでした。

 低くかすれた男性の声でした。











「すみません……バイト中はお客さんと話しちゃいけない決まりなんです」



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