第29話 侵入者

 これは私の知人の女性が、実際に体験した話です。

 仮にNさんとしておきましょう。


 Nさんはある夜、夢を見たそうです。

 どこかの道をただ、とぼとぼと歩いている夢でした。周囲の風景には別段、変わったところはないそうですが、どこの街とも知れない場所だったそうです。

そして次の日も、同じような夢を見ました。

ただひたすら、歩いているだけの夢です。しかし夢の中では、不思議な感覚にとらわれたそうです。歩いているのが自分ではないような、別の誰かの視点を借りているような夢らしいのです。右の角を曲がろうと思っているはずなのに、左の角に曲がったり、左の角を曲がろうかと思ったのに、直進してみたり。


 また次の日も、同じような夢です。

 Nさんはふと気づきました。どうやら、昨日の夢と今日の夢はつながっているようなのです。つまり、前の夢で見た道の続きを、歩いているというわけです。


 また次の日も夢を見て、Nさんはどきっとしました。

 周りの風景が、見覚えのある場所だったのです。

 道路や家並み、ビルや公園、見えるのは皆、Nさんの知っている場所でした。


 夢の中で、Nさんは焦りました。変わりゆく風景は次第に、Nさんの眠る家の近くへと移っているのです。この家の近所だとわかりつつも、自分自身の意思で方向を変えることはできません。Nさんの思いに反して、どんどんと近づいてくるのです。


 間違いない。夢の中の視界は、自分ではない誰かのものだ。


 目覚めたNさんは、恐怖に震えました。

 夢の中のそれはきっと、自分にとって望ましくない存在に違いない。

 次に眠れば、きっとこの家の前に来るだろう。

 そして、鍵を開けて入ってくる……。

 Nさんは嫌な想像を振り払いました。

 ただの夢だ。馬鹿らしい。何を怯えているのだ。

 自分に言い聞かせながら、Nさんはその日も眠りに就きました。 


 案の定、その日の夢も、前日の続きでした。

 マンションのエントランスが見えました。行くなと念じても願いは届かず、いよいよ建物の中に入りました。エレベーターに乗りこみ、四階のボタンを押しました。それはまさしく、Nさんの眠る部屋の階でした。

 四階でエレベーターが止まります。

 はっきりと見覚えのある廊下。その先に、この部屋のドアが見えました。

 自分ではない誰かが、部屋の前に来る……。 


 Nさんはそこで目を覚ましました。

 慌てて玄関に走りました。がちゃがちゃ、と鍵を回す音がしました。

 Nさんはドアを押さえました。

 相手が開こうとするドアを、力一杯引っ張りました。


「お願いします! 入ってこないでください!」


 必死で懇願するも、相手は開けようとするのをやめません。


「何なんですか! どうして私の夢に現れるんですか!」

「何を言ってる! おまえは誰だ!」


 ドアの向こうから声がしました。男性の声でした。


「あなたこそ誰なんですか!」


 Nさんは泣きながら叫びました。

 相手はさらに大きな声で言うのでした。










「ふざけるな! この家の人間だ! 人の出張中に入り込みやがって!」

 Nさんはその後、住居不法侵入で捕まりました……。


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