第27話 うつっちゃった

 除霊や祈祷を生業とする私のもとに、その男は現れた。

「先生に助けていただきたくて……」

 普段ならば、アポイントメントなしの相談は受け付けない。突然の訪問はお断りだ。けれど、その男の声つきはあまりにも張り詰めており、憔悴しきったような顔だった。中肉中背で肌は生白く、細い眼鏡の奥には大きなくまができていた。

 何かが取り憑いているのが、一目でわかった。

「ひとまず、上がりなさい」

 私は自宅の奥にある除霊用の座敷へと彼を通した。座布団の上に腰を下ろすなり、彼はポケットからスマートフォンを取り出した。野暮ったい風采に不似合いな、ピンク色のカバーだった。


「こういうわけなんですけど……」


 画面に映っていたのは一組の男女だった。

 男のほうは、目の前の彼。女のほうは恋人なのか、彼にしなだれかかるような姿勢だ。どこかの部屋でソファに並び、壁を背にして肩を寄せ合っている。

「これは、ご自宅かな?」

「ええ、まあ、そんな感じなんですが」

 言葉を濁しつつ、彼は頷いた。暗鬱な面持ちの彼とは裏腹に、画面の中の本人は笑顔でピースサインをしている。横の女性は寝ているようにも見えた。

「お気づきになりますかね」

 後ろの白い壁に、顔らしき影がぼんやりと浮かんでいる。いわゆる心霊写真。近頃ではこうして、画像や動画といった形で持ち込まれることが多い。

 そしてこの瞬間、我々のような職業の人間は少し緊張を強いられる。合成画像を本物だと言い切った結果、偽霊能者と喧伝され、廃業に追い込まれた同業者を知っている。真贋は慎重に見極めねばならない。

 写りこんだ顔には意思が感じられる。

 本物の霊が何かを訴えているように思われる。

 だが、男から先に事情を聴取しておきたかった。

「霊はさておき、あなたの隣に写っている女性は、恋人かな?」

 何気ない質問のはずが、彼はいきなり目を丸くして、直後にがくんとうなだれた。

「そう言いたいところなんですけど、なかなか思いが通じなくてですね……」

 彼は続けて、あらぬことを語り始めた。


「……変に思われるかもしれませんけど、相手のことが好きで好きでしょうがなくて、つい考えちゃったんですよね。殺してでも自分のものにしたい、殺せばずっと一緒にいられるんじゃないかって……」


 相手の浮かべた笑みが自嘲か苦笑か、瞬時には判断できなかった。私は不覚にも怖気立ってしまった。彼の周りを取り巻く暗い雰囲気、顔めいた影、その正体が私にはわかった。


 女性がしなだれかかっているのは、眠っているからではない。

 この女性は死んでいるのだ。顔の影は女性のものだ。

 女性の霊魂が肉体から抜け出したのだ。

 彼は、彼女の死体と写っているのだ……!




 手に負えそうもない、と戦慄したところで、事態は思わぬ展開を迎えた。

 彼は洟をすすり、目に涙を浮かべていた。

「……でも、殺すのはさすがによくないですよね。だからあたし、憑依したんです。この男性の体に。写真を一枚だけ撮って、満足しようと思ったんですよ。そしたら戻れなくなっちゃったんです、もとの体に! お願いです、なんとかしてください!」

 わたしは呆気にとられた。

 今までわたしが喋っていたのは、男に乗り移った女の魂だったのだ。

 自分の体を持ってくると言って、彼(彼女)は部屋を飛び出していった。


「どうか、僕からもお願いします」


 声がした。座敷には男性の霊がいた。

 よくよく見直せば、その顔は、画像に写る壁のそれとよく似ていた。

 彼は自分の体を追い出されてしまったらしい。

 手に負えない、とわたしはあらためて戦慄した。


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