第21話 人造人間の研究と成果

 時は十四世紀中葉。

 東ヨーロッパのとある王国では、軍備の増強が喫緊の課題となっていた。

 西ではイングランドとフランスの長きにわたる戦争が続き、北では(後のロシア帝国へと連なる)モスクワ大公国がその版図を着々と拡大、あまつさえ南西のオスマン帝国は、飢えた獣のごとき勢いでキリスト教世界を飲み込み続けていた。

「生半な武器や兵士では、到底生き残れん」

 王は、自らの有する国力を冷静に捉えていた。領土の広さ、穫れる農作物の量、養える民の数、都市の数と規模、そこから導き出される軍事力の限界。

「他国に秀でた武力を有さぬ限り、我が国はいずれ滅びのときを迎えよう。何か目覚ましい考えはないものか」

 憂い顔の王に尋ねられるも、家臣たちは曇り顔で応ずるよりなかった。

 悩める王の噂を聞きつけた錬金術師がある日、王への謁見を願い出た。

「私めに考えがございます」

 紫のローブに身を包んだ、一人の老人だった。ともすれば骸と見まがうほどの、痩せこけた風貌であった。

「聞かせてみろ」

 王が言うと、老人はにやりと口の端を緩めた。


「比類なき強靱な兵士を、作り上げるのでございます」


 語られた老人の話は、常軌を逸したものであった。

 およそ正気とは思えぬ内容に家臣の顔は青ざめ、興味本位で同席していた妃は昏倒してしまった。

「……無理もありません。この方法は禁忌の術を用いるもの。ともすれば邪の力をも呼び寄せかねぬものです。この堅固な城とて、身じろぎせずにいられるや否や」

「話は終わったか」

 かたわらで睨みを利かせていた兵隊長が、剣を抜いた。

「王をたぶらかさんとする悪魔め、切り捨ててくれる」

「待て、馬鹿者が」

 王は兵隊長を一喝した。老人をじっと見据えた。

「首を刎ねられるために、わざわざ戯れ言を並べに来たとも思えぬ」

 老人の瞳は、曰く言いがたい怪しげな光を放っていた。なるほど、この者は魔の使いかもしれぬ。されど、たとえ悪魔と手を結んでも、この国を守りたい。我が身が地獄の業火に焼かれようとも、邦土を子孫に渡す責務が、私にはある。

「この者を、我が臣下に加える。その思いなすところに力を貸すのだ」

「……よろしいのですね」

「ああ、決して口外は許さぬぞ」


  老人の目論見。

 そのおぞましき計画を現代風に表すならば、人造人間の発明である。

 何人もの人間の体を分解し、つなぎ合わせることで、常人には発揮し得ぬ強大な生命力を生み出そうというのだ。剣や槍はおろか、銃弾や大砲の弾でさえ跳ね返す最強の兵士ができると老人は考えた。

 そのために踏むべき当然の手順は、複数の人間の体を分解すること。

 そしてその素材は、死体であってはならない。 

 必要なのは、国防の贄となるべき、生きた人間であった……。


 犯罪者、捕虜、傭兵、農奴、身分の低い労働者。

 何人もの人間が、老人による忌々しい実験の犠牲となった。城の地下に設けられた部屋には、血にまみれた四肢や頭部が山積みになり、あまりの光景と血腥さに、助手を命じられた兵士たちは次々とお役御免の申し出を重ねた。肉塊のねっとりした腐臭に加え、鼻腔を刺すような薬品臭も、兵士たちの精神を苛んだ。錬金術研究の過程で、老人が独自に編み出したという薬品の数々。それらを収める小壺が所狭しと並んでいた。

「魂の器にもっとふさわしい、強健な肉体が必要だ……」

 老人は、人造人間の「材料」として、国王直属の兵士の体を所望した。

 王はここにおいて、ひとつの可能性を想起した。

 すなわち、老人が敵国の間諜である可能性。もしくは、内部工作によって国を破壊する「トロイの木馬」ではないかとも考えた。しかし、老人はその指摘を一笑に付した。

「私はただ、究極の生命体をつくりたい、その一心にございます。一人の兵の命がなんでございましょう。完成した暁には、千の兵にも勝る力をご覧に入れてみせます」

 王は老人の言葉を信じ、兵士の体を彼に供した。

 老人の訪れから、半年が経った。

「陛下! ついに悲願が叶ったとのことでございます!」

 衛兵が寝室に駆け込んできた。

 飛び起きた王が急いで地下室に向かうと、部屋の扉の前で老人が待ち構えていた。

「人造人間に生命が宿りました」

「いよいよだな! 待ちかねたぞ!」

「しかし、ひとつ問題がございます」

「申せ」

「医術と錬金術によって、無限の力を宿しました。しかしながら、その力は肉体の一部分に、集中してしまいました」

「何を申しておる」

「ご覧になっていただくのが早かろうと思います」

 扉が開かれた。

 たくさんのろうそくに囲まれた寝台の上に、一つの肉体があった。

 筋骨隆々にして、つぎはぎの肉体があった。

 身動きせずに横たわる大きな体。生命が宿っているようには見えなかった。

 ただ、一カ所を除いて。


「無限の力が、ひとところに宿った証です……」


 老人に言われるまでもない。とうに見えている。

 見上げるほどに高く、大木のごとく太くなった、一本のおちんちんが……。


「うわぁぁぁ!」

 あまりの異様な悪夢に、王は飛び起きた。彼のもとに、衛兵が駆け込んできた。

「陛下!」

「……案ずるでない。夢を見ただけだ。この世で最も呪わしい夢であった……」

「ついに悲願が叶ったとのことでございます!」

「ん? なんと?」

 王が立ち上がりかけたとき、轟音が響いた。敵襲かと身を固くするのは、戦乱の時代に生きる者のさがである。窓外にそれらしき明かりは見えないが、城の建物が砕けるような音を現に聞いた。

 王は急いで地下に向かった。部屋の扉の前で老人が待ち構えていた。

「人造人間に生命が宿りました」

「いよいよだな! 待ちかねたぞ!」

「しかし、ひとつ問題がございます。ご覧になっていただくのが早かろうと思います」

 扉を開こうとする老人を、王は制止した。いやな予感がした。

「待て。まさかとは思うが、そやつは巨大な股間を持っていたりなどせぬだろうな」

「巨大な股間? はて、それはどういう」

「違うならよい」

 扉が開かれた。たくさんのろうそくに囲まれた寝台の上に、一つの肉体が……。



 …………肉体が、なかった。

 代わりにあったのは、天井の大きな穴だった。

 上階を貫く穴からは、満月が覗いていた。

「無限の力はどうやら一カ所に集まったようです。人造人間の、穴に」

「ほえ? 穴? ほえ?」

「おそらくあの月にまで届くでしょう。戻っては来ません」

「何を言っているのだ? 人造人間はどこへ行ったのだ」

王の問いかけに対し、老人は重々しい口調で答えるのだった。









「爆発的な屁をこいて、遙か上空に消え去りました」

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