第19話 蘇りし者
会社からの帰り道、Kさんはマンションの近くで、人形を見つけた。
道端に落ちていたその人形を見て、背筋がひやりとした。
ルカちゃん人形。白人のブロンド美女を模した、子供用の玩具だ。
(ただの人形よ。何も怖がることはないわ)
彼女は自分に言い聞かせて、マンションの五階にある自宅へと帰る。
あれはもう、終わったこと。もう、一年前のことだ。
Kさんは、親友だったRさんを裏切ってしまった。
使い古された言葉なら、略奪愛。
Rさんの彼氏と、恋に落ちてしまったのである。
「あたしの彼氏がね、浮気してるっぽいの」
Rさんから相談を受けたとき、Kさんは自分がつくづく最低な人間だと思った。まさかその浮気相手が自分だとも言えず、かといって男性への愛情を留めることもできない。
あのとき、白状していれば。
そんな後悔を抱いても、遅かった。
Rさんは真相に辿り着いてしまった。そして、自ら命を絶ったのだ。
彼女は浮気の件に関して、Kさんに何も言わなかった。ただ、死ぬ前日に彼女は、一通のメールを送ってきた。画像だけのメールには、ルカちゃん人形が映っていた。Rさんは、自分と名前の似たルカちゃん人形が好きだった。画像には、目から涙を流すデコレーションが施されていた。
その後、Kさんは男性と付き合ったものの、結局うまくはいかなかった。
もう、終わったこと。
深く考えないようにしようと、シャワーを浴びて早々に眠った。
翌日の夜、Kさんは我が目を疑った。
ルカちゃん人形が、マンションの入り口に置かれていたのだ。
(そんな。嘘よ。きっとどこかの子供が忘れていったんだわ)
Kさんはいつもより足早にエントランスを抜け、エレベーターに乗って帰宅した。
その翌日も、Kさんは人形を目にした。
今度は、エレベーターの中に置かれていた。
乗り込みかけて踵を返し、階段で五階まで駆け上がる。
(だんだん近づいてる? まさか。あり得ない)
そのあり得ないことが、実際に起こる。階段を使うと決めたあくる日、二階の踊り場に人形はあった。その翌日は三階に、また次の日は四階に。
やがて、人形は五階で見つかった。彼女の家の、ドアの前で。
(もう! 何なのよ! 怖くないわ! 怖くなんか!)
恐怖を怒りで抑え込もうと、人形を鷲づかみにした。吹き抜けになっている廊下から、地面に向けて放り投げた。人形は堅いコンクリートの上でばらばらになった。
さて、翌日の夜のことである。
マンションの近くにも、エレベーターにも階段にも、まして部屋の前にも人形はなかった。吹き抜けから階下を眺めても、人形の残骸は既に片付けられていた。
(もう大丈夫よ、霊なんて絶対に信じない)
Kさんは玄関の鍵を開けて、家に入った。
明かりをつけたとき、危うく失神しそうになった。
部屋の真ん中で、ルカちゃん人形が宙に浮いていたのだ。
まるで金縛りのように、Kさんは動けなくなった。立ち尽くしたまま、人形をじっと見つめた。
(まさか、あなたなの?)
口には出せなかった。Rさんへの問いかけが、心に浮かぶだけだった。
「ふふふっ」
小さな金髪の美少女は、表情を変えずに笑い声を漏らした。
「私は」
人形が話し出した。
(あれ?)
Kさんは違和感を覚えた。
「私は、ゲルマデーグ帝国の帝王、バグラオーデル二世だ。私は大陸に眠る三つの秘宝を手に入れ、この惑星ファグラスを闇に包むため、地獄から復活した」
(どうしよう)
その声は明らかにRさんのものではない。知らないおっさんの、重々しい声。
「私が手を下すまでもない。我が忠実なるしもべたち、ゼッガリアの七人衆がその務めを果たすだろう。大地の剣、火龍の紋章、聖天使の涙、その三つを手に入れた者が支配者になれる。マジェの秘密文書のとおりであればな、くっくっく」
(どうしよう)
「たとえおまえが勇者の血を引く『運命の乙女』だとしても、我が邪神軍団の前ではひとたまりもない。アティーナの賢者は、もはや封印の海に消えたのだから……」
人形の話を聞きながら、Kさんは思った。
(どうしよう……何か……何か壮大な間違いが起こっている……!)
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