第18話 ある死刑囚

「おい! 畜生! ふざけんな! おめえらぶっ殺してやる!」

 死刑囚の男は、刑が執行される直前まで刑務官に食ってかかった。

「おまえらの家族も全員殺してやる! 皆殺しだ! 皆殺しだぞ!」

 刑場で首に縄を結われながら、死刑囚はなおも暴れた。

 複数の刑務官が束になってそれを抑えつけた。

「どうするんですか!」

 腕に力を込めながら、刑務官の一人が必死で叫ぶ。

「本当にこのやり方でいいんですか!」

 別の一人が顔を歪めてそれに応ずる。激しい応酬が刑場に響く。

「かまうな! これしか方法はない! とにかく首をくくらせるんだ!」

「このやり方は間違ってるんじゃないですか!?」

「この国が決めたやり方なんだ!」

「ほかの方法を考えましょう!」

「うるさい! 黙って刑を執行するんだ!」

 刑務官たちの言い争いもかまわず、死刑囚は叫び続けた。

「おい! 畜生! ふざけんな! おめえらぶっ殺してやる!」


 自分の犯した罪に対し、なんら反省の情を見せていない。

 裁判官が判決の時に言い渡した言葉は、今もなお真実だった。

 白昼堂々、街中で刃物を振るったその男は、五人の尊い命を奪った。

それだけではない。過去に何人もの女性を強姦していることが発覚し、強盗や放火まで働いていたのだ。

重大な犯罪を犯した人間でも、その生い立ちを紐解けば、憐れみを向けてしまう場合もある。貧困や暴力に苛まれた家庭環境、理不尽な社会に対する怨恨、誰からも見捨てられて犯罪に走るほかなかった哀れな境遇。

 しかし、その死刑囚に関して、同情の余地はない。

 豊かな家庭で、両親の愛情を存分に受けて育ち、奔放な学生時代を過ごした。社会に出てからも、志望していた企業に勤め、十分な経済力を備えていた。

 充実した人生ゆえの傲慢さが生んだ、転落。

 あえて形容するなら、そのような表現になるかもしれない。

「自分は女性を好きにしてよいと思った」「盗みに入るスリルが楽しかった」「家が燃えるのを見て楽しくなった」「人を殺しても警察から逃げきれる自信があった」

 被害者や遺族の感情などおかまいなしで、法廷で乱痴気騒ぎを起こした。

 極刑以外にはあり得ない。 

 第一審の判決に、弁護士も控訴を望むことはなかった。


「殺してやる! おまえらごときに殺されてたまるか!」

 いざ刑場に連れられても、男は暴れ続けた。

 死に際して神や仏に悔悟の念を打ち明けたり、遺言を記したりする姿勢もない。

 五人の刑務官が力ずくで彼を取り押さえ、手錠を掛け、目隠しをした。

「離せ! 全員殺すからな! 化けて出てやる! 死ね! 死ね死ね死ね!」

 刑務官たちは首にロープを結わえ、開閉式の床の上にまで引きずっていった。

スイッチを押すと同時に床は抜け、体は落下する。

 落下の衝撃によって首の骨が折れ、罪人はその命を終える。

 死刑の方法として定められた、絞首刑である。 

 ほとんどの場合、死刑囚は覚悟を決めてその床に立つ。

 静かに、厳粛に刑は執行される。


 ところが、その男だけは違っていた。逃げ出そうと暴れ続けた。

「できるもんならやってみろ! 殺してみろクソが!」

もがき続ける男の体を押さえ、刑務官は叫んだ。

「かまわん! 押せ! スイッチを押せ!」

 執行室の隣の部屋に備えられたスイッチ。

 別の五人の刑務官が一斉にそれを押した。

 仕掛け床が開いた。男の体は落下した。

 取り押さえていた刑務官も危うく一緒に落ちるところだったが、間一髪難を逃れた。

 緊張しながら、ぶら下がる死刑囚の体を見下ろした。


「………………殺せ! 殺してみろ! ぶっ殺してやる! 皆殺しだ!」

 暗い奈落の底から、声が響いてきた。

 死刑囚は宙づりになったまま、まだ暴れていた。

 死んでなかった。

 見下ろしながら、刑務官の一人がため息をついた。




「これで五回目だぞ。どうすりゃいいんだ。他の執行法は許されてないし……」


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