第13話 あなたの知らない世界

 一九九〇年代のことである。

 夏休みのあいだ、その小学生たちは学習塾の夏期講習に通っていた。

 夏ということもあり、怪談話が流行っていた。テレビでは昼の時間、『あなたの知らない世界』という怪談特集が放送されており、当時の子どもにとって、夏の楽しみのひとつであった。

 授業が始まってしばらくすると、生徒たちの集中力にも陰りが出てくる。

 ベテランの女性講師は彼らの様子を見て取り、雑談タイムを挟むことにしていた。

 生徒たちは自分の知っている怪談を披露しようと躍起になった。

「あたしの学校には怖い噂があるんだよ」

 一人の女の子が語り始めた。

「夜のあいだ、校舎の三階にある音楽室から、ピアノの音が聞こえたの。泊まり込みの用務員さんが行ってみると、髪の長い女の人がピアノを弾いてて、そのまますうっと消えちゃったの!」

「なあんだ、似たような話知ってるよ。この前の『あなたの知らない世界』でやってたまんまじゃないか。俺の学校の話のほうが怖いよ」

 男の子が、馬鹿にしたように笑った。

 女の子が口をとがらせ、じゃあ何か怖い話をしてみろとせっつくと、待ってましたとばかりに男の子はにやついてみせた。

「俺の友達がね、夜の学校に遅くまで残ってたんだ。誰もいない校舎で肝試しをしようって言って、別の友達といっしょに隠れてたわけ。見回りの先生もそいつらに気づかないままいなくなって、学校には男子二人だけになったんだ。暗い中を歩き回ってたら、体育館のほうから物音がした。何かなと思って行ってみて、静かに体育館のドアを開けたら、なんと、首のない子どもが走り回ってたんだ!」

「まあ、それは怖いわねえ!」

 得意げに語る男の子を可愛く思い、講師は大げさに反応してみせた。

 どうだ、と言わんばかりの男の子に対し、別に怖くないじゃんと先ほどの女の子が辛辣な評価をぶつける。他の子どもたちもぎゃあぎゃあと騒ぎ始め、女性講師は場を鎮めるためにパン! と手を叩いた。


 すっと静かになる教室の中で、一番奥の席の男の子が手を挙げていた。

「僕も、怖い話があるんで、聞いてもらいたいんですけど」

 普段は目立たない、小柄な男の子だった。塾には複数の小学校から生徒が集まっているが、その子と同じ学校の子はおらず、特別に仲のよい生徒もいない。どんな話をするつもりかと、ほかの生徒たちが興味を抱いている風もあり、講師は彼が話すのを許した。

 男の子は静かに話し始めた。

「さっきの話みたいに、僕も学校にこっそり残ってたことがあるんです。夜の校舎がどんな感じか、知りたくて」

「一人きりで?」 

 講師が尋ねると、彼は頷いた。すごいな、勇気あるなと囁くような声がそばの席から漏れた。

「夜九時頃かな、学校中の電気が消えて、誰もいなくなりました。僕は持ってきた懐中電灯をつけて、廊下を歩いてみたんです。おばけが出そうで、ぞくぞくしながら歩いていました」

 静かな語り口に吸い寄せられるようにして、いつしか生徒たちは全員、彼のほうを向いていた。彼は表情を変えずに話し続けた。


「そうしたら、校舎の端のほうにある保健室から、音が聞こえたんです。ピシャッ、ピシャッと何かを叩くような音でした。低い呻き声とか、苦しそうな叫び声も聞こえました。怖かったけど、どうしても気になったので、近づいてみたんです。気づかれないように、少しだけ保健室のドアを開けてみました。僕は信じられないものを見ました。裸の校長先生が四つん這いになってたんです。その後ろには、黒い水着みたいなのを着た保健室の先生がいて、お尻をムチで叩いてました。校長先生は叩かれてるのに、『ありがとうございます!』って叫んで、『私は醜いブタです!』なんて言ってました。僕は怖くなって逃げました。次の日に学校でみんなに話したら、いつの間にか、先生たち二人は学校からいなくなっちゃいました。どういうことなのか、いまだにわからないんです」


彼が話し終えたあと、生徒たちは皆ぽかんとしていた。話の展開がよくわからないという風だった。女性講師は、一言だけ感想を述べた。


「あなたの知らない世界ね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る