第12話 人斬り 幽霊始末

 江戸の世のことである。

 とある藩の城下町にて、陰惨なる事件が続発した。夜道にて辻斬りが繰り返され、何人もの侍が凶刃に命を落としたのだ。その場に居合わせ、命からがら逃げ出した者の話によれば、青白いなりをした奇態な侍が闇に姿を現し、音もなく斬りかかってきたという。殺された侍は腕利きの強者であったのに、鞘に手を掛ける間もなく、一太刀で袈裟懸けに斬られたそうな。


この恐ろしい噂はたちどころに広まり、下手人を見たという声も方々に上がった。知らせを受けた奉行所の面々は、一様に頭を抱えた。町人いわく、その辻斬りは街角で侍を斬り殺すなり、すうっと煙のように消えたというのだ。さように奇怪な話があるものかと、奉行所が一心に捕縛を目論むも、まるで芳しい成果は上がらない。それどころか、厳重な見回りの甲斐もなく、次々と侍が殺された。ある者は家の中で殺されたといい、こうなると藩の役人はおろか、藩主も躍起になった。一日も早く辻斬りを捕まえよと命を受け、奉行所勤めでない侍たちも捜索に動いた。


 しかし、その尽力もまた形無しであった。命を落とす侍は日ごとに増えた。

 もはや尋常の相手とは思えない。

 誰しもが怯えきっていたある日、役人がさる寺の高僧のもとを訪れた。

「どうかお坊様のお力で、悪霊を鎮めてくださいまし」


 かくしてその僧が、解決へと動き出した。

 彼は普段の袈裟を寺に置き、小袖に袴姿へと着替え、侍になりすまして夜道を歩いた。

 剃った頭を隠すため笠を被り、武士から刀を借り、腰に鞘を提げて辻斬りの男を探し回った。

 そしてある晩、川のそばに立つ柳の下に、それらしき影を見つけた。髷から足袋のつま先にいたるまで、ぼんやりと青白い。これに違いないと見て、僧はそろりと歩み寄る。

「おぬし、見たところ、この世の者ではないな」

 相手の格好は、武士のそれと見えた。

未練を残して亡くなった、霊の類と思われた。

「いかにも。身共はもはや人ではありませぬ。貴殿が武士でないように」 

蒼白の顔にうっすらと笑みが差した。僧は笠を脱ぎ、なおも近づいていった。

「人斬りを重ねたのはおぬしか」

「いかにも」

「なにゆえにさような狼藉を働くのか」

「……お坊様にならば、打ち明けましょう」

 武士の霊は、自らの身の上について語り始めた。


 彼はもともとこの土地で仕官していた。ところが幕府の裁定により、彼の仕えた大名家がお取り潰しとなってしまい、藩の要職にいた彼は身に覚えのない罪を着せられて死罪となった。すべては、今の藩主の陰謀である。この領地を我が物とするために策謀を巡らせ、かつての藩主を追い出し、彼のすべてを奪ったのである。残した妻子も彼のあとを追うようにして自死を遂げた。

「……かくなるうえは、この藩の侍を皆殺しにするまで、地獄の門をくぐらぬと決めたのです」

それを聞いた僧は、彼に情けを示した。そののちに、彼に告げるのだった。

「もう終わりにしなさい」

「聞けぬ教えです」

「貴殿の気持ちはよくわかる。私とて、悔しいのだ」

 その言葉で、霊の目の色がかすかに変じた。僧は腰の鞘にぽんと手を当てた。

「私も、貴殿と同じお殿様に仕えておった。私もかつては武士であった。藩がお取り潰しになったあとで、仏の道に入ったのだ」

 霊の男は、口を半開きにした。驚きを抑えきれぬ様子であった。

「私もまた、世の理不尽に枕を濡らした一人。貴殿の怒りや悲しみは、痛いほどに感じ入る。さりとて、いくら斬ってもかつての日々は戻らぬのだ。違うか」

「しかし」

「どうしても斬りたいならば、私を斬るがいい。それで最後にせよ」

僧は腰の物を抜いた。抜くふりをした。実のところ、彼が提げていたのは鞘だけであった。幽霊を相手に、刀を振り回しても詮ないとわかっていた。

霊の男はしばしの間、刀の柄を握ったままでじっとしていた。何かを考え込むようであった。やがて、右の掌をすっと開いた。

「お坊様のお言葉、痛み入り申した。左様ならば、これにて御免仕り申す」

霊は柳の下からすうっと姿を消した。

 僧はそのあともしばらく手を合わせ、成仏を願って経を唱えるのだった。


 ところが、である。

辻斬りは翌日からも一向に収まる気配はなかった。むしろますます悪化の一途を辿り、ひどいときは一夜にして二十人以上が殺される始末だった。



ぜんぜん成仏してねえ。



 僧は呆れと訝しさにくらくらしながら、彼のいた柳へと向かった。

「どうしてだ。どうして人斬りをやめぬのだ」

 困惑し果てる僧の一方、武士の霊は泰然自若の様子であった。

 彼は涼しげな口ぶりで、こう答えるのだった。









「仰ったとおり、お坊様は最後に斬ります」


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