第2話 殺意と否認
アメリカ北西部のとある州で、痛ましい殺人事件が発生した。
妻がピストルで、夫を撃ったのだ。
心臓を撃ち抜かれた夫は即死。
加害者の妻自身が通報し、彼女はその日に逮捕された。
彼女の名前はエリザ。しかし、エリザの言い分は奇妙だった。
「幽霊に取り憑かれていたんです」
青白い顔を歪めながら、取り調べの刑事にそう話した。
「幽霊のせいって……あのね、奥さん」
黒人の男性刑事が、苦笑気味にかぶりを振る。
「あなた、自分の供述も覚えてないんですか。旦那さんが不倫してた、その腹いせにピストルを取り出したって、ご自分で話したんですよ」
エリザの夫であるダンは、アメリカ各地にあるパワースポットを巡るのが趣味で、よく夫婦で出かけていた。その旅行の途中に出会った女性と、ダンは恋に落ちた。もちろん、エリザには打ち明けられない恋だった。
夫の不貞について、エリザも薄々とは感づいていた。週末は夫婦で出かけるのがお決まりだったのに、出張だ仕事だと言い訳をつけて、一人で外出することが増えた。泊まりで出て行く回数も増え、エリザはダンを問い詰めた。だが、夫は妻の追及をのらりくらりと交わし、あくまで週末の外出をやめようとしなかった。
「不倫を疑ったあなたが、旦那さんを殺した。それだけのことでしょう?」
「違うんです。あの家には、確かに幽霊がいました」
夫の不倫と時を同じくして、エリザは数々の霊現象に苛まれるようになった。
誰もいないはずの二階から、足音がすることもあった。
グラスがいきなり床に落ちて割れてしまうこともあった。
インターフォンが鳴り、応対に出るが誰もいない、ということもたびたびあった。
「ですが、それを証明する手立てはありませんしねえ」
黒人刑事は太い首をぽりぽり掻いた。「事件と関係があるとも思えないんですよね」
「だから言ってるじゃないの!」
エリザは正面のデスクを力一杯叩いた。「幽霊のせいなのよ!」
「不倫の証拠を見つけたあんたが!」
彼女の大声に呼応するように、黒人刑事も語気を強めた。
「夫をピストルで撃った! それが事実だろ!」
それは紛れもない事実だ。エリザとて、認めるにやぶさかではない。
あの夜。
指紋認証のスマートフォン。
眠る夫の指を当ててロックを解除し、エリザはメッセージのやりとりをくまなく洗った。相手の女性と思しき名前は登録されていなかったが、頻繁にやりとりを交わす男性がいた。まさか男性が相手なのか、と疑ったのはわずかの時間のこと。その番号に掛けてみると、女性が電話に出た。あっさりと、不倫の事実を認めた。
そして、相手は自信満々の声色で言うのだった。
ダンはエリザと別れ、自分と結婚するつもりであると。
「……証拠を見つけた翌日に、あんたは旦那を問い詰めた。旦那は言うに事欠いて、スマートフォンを勝手に見たあんたをなじり始め、プライバシーを尊重できない女とは一緒に住めないと吐き捨てた。逆上したあんたは自室の引き出しから九ミリ口径のスミスアンドウェッソンを取り出し、旦那に銃弾をお見舞いした。以上だよ。この話のいったいどこに、幽霊の出てくる余地があるっていうんだ?」
「前の夜に不思議な声を聞いたの。夫を殺してしまえ。ひと思いに心臓を撃ち抜けってね。わたしのせいじゃないの。操られてたの。無罪を主張するわ」
「いい加減にしろ!」
黒人刑事が大きな拳でデスクを叩いた。「そんな言い分が通ると思ってるのか! 紛れもなくあんた自身の意思で、旦那の左胸を撃ったんだ! 認めろ!」
大柄な相手の怒声にも、エリザは応じなかった。
さらに強い力でデスクを叩いた。
「わたしの意思で夫の左胸を撃ったですって? 違うわ! 冗談じゃない!」
エリザはその場で立ち上がり、高らかに叫ぶのだった。
「わたしは脳天をぶち抜くつもりだったんだから!」
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