珍蔵のショートショート

@jin-jin-jin-jin

第1話 幽霊を見た

 霊感が強いって人、世の中にいるでしょう? 

 あれは本当じゃないかと思うんですよ。私? いや、私はないです。

 でもね、一度だけ、はっきりと見たことがあるんですよ。あれだけはどうやってもごまかしようがないんです。

 私は写真が趣味でしてね。定年を迎えてからは、何かにつけてカメラを持って、方々を歩き回るんです。仕事をしてる頃はまったく興味もなかったんですが、まあ年をとったんですね、何でもない風景が愛おしく思えるんですよ。花鳥風月ってやつでね。道端に咲いてる花とか、電線に止まってるスズメとか、そんな被写体がもっぱらでして、もっと面白いものを撮りなさいよと妻には呆れられています。でも、風光明媚な観光地や、どこかの絶景なんかより、そこにある日常のほうが尊く思えるんですね。

 そんな私が、とある田舎道を歩いてたときのことです。

 

 その日もその日で、実る前の田畑とか、あぜ道の雨蛙なんかを撮ってたんですよ。

 すると、一人の男性に声を掛けられましてね。

「何を撮ってるんですか?」

 見たところ、私と同い年か、少し上くらい。六十後半というところでした。

「ああ、いえ、この辺の風景が綺麗だと思って」

「そうですか、これは失礼。またてっきり、心霊の類かと思いまして」

「心霊?」

 突飛な単語に、私は目を丸くしました。その人によると、この辺はのどかな見かけと裏腹に、幽霊がぽつぽつ目撃されているらしいのです。

 農道を歩きながら、話を聞きました。

「ちょこちょこと事件や事故が起きてるんですよ、昔から。用水路に落っこちて子どもが死んじまったり、強姦された女の人の死体が、向こうの田んぼに投げ出されてたり。それで、一部のマニアってんですか、そういう人がときたま訪れて写真を撮っていくんです。地元の人間としちゃ、気持ちのいいものじゃありませんがね」

男性の話では、戦国時代には刑場があった場所らしく、斬首された落ち武者の霊がうろついているなんて噂も、ちらほらと耳にするそうです。目の前に広がるのは、心が洗われるような瑞々しい田畑です。その向こうには青々とした山が見え、うっすらと雲がかかっています。腰を曲げて農作業をするおばあさんたちの姿からも、そこに息づく人々の営みを感じさせられます。

 幽霊などというおぞましい代物とは、到底結びつかない風景でした。

「実際、見たことはおありなんですか」私は尋ねました。

「いえいえ、その方面にはとんと疎くて。あなたは?」

「ありませんよ。少なくともこんなのどかな場所では、見える気がしません」

私が言うと、男性は思わせぶりに笑いました。そして、言うのでした。



「あなたは見えるはずですよ。だって、現に僕のことが見えてるんですからね」



 私は呆気にとられ、二の句が継げませんでした。

 帰りに写真を撮りましたが、その男性は写っていませんでした。

 しかし、私には見えていたのです。


 彼のその姿。









 ……サンバカーニバルのような羽根飾りの帽子に大きなレイバン。

 ボーボーの鼻毛は虹色で、金太郎の前掛け姿。脚には網タイツと黄ばんだルーズソックスを合わせ、履き物は戦隊ヒーローが描かれた子供用のシューズ。


 まさか、幽霊だったなんて。

 ただの……ただの変質者だと思っていたのに……!

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