第3話 怪奇の洞窟

「子供の頃の不思議な話、聞いてくれるか?」

「もしかして怪談か? ちょっとやそっとじゃ怖がらないぜ」

「俺の母親の実家は東京のはずれのほうなんだけど、毎年お盆に帰省してたから、俺もついて行ってたわけ。東京って言ってもそのあたりはほとんど田舎でさ。半分、山の中みたいなところで」

「いかにもって感じの舞台だな」

「俺が十歳くらいの頃だよ。親戚の兄ちゃんと庭で遊んでたら、地元の子が寄ってきたんだ。俺より年上の男子三人組で、ガキ大将みたいなやつも混ざってた。一緒に遊ぼうって話になって、近くの山を探検することになったんだ。その山ってのがどうも、いわくつきらしくてね。幽霊の出る洞窟があって、そこに行ってみようって流れになった」

「面白そうだな」

「人が住んでるかどうかもわからないような集落を抜けて、深い茂みを進んだ先に、洞窟がぽっかりと口を開けてるわけ。俺、びびっちゃってさ。行きたくないって言ったんだけど、じゃあ帰れって言われちゃって、だけどいまさら一人では帰れないんだ。泣きそうだったけど、仕方ないからついていくことにした。無計画な子供の思いつきだから、懐中電灯も何も持ってきてなくて、真っ暗な中を縦一列になって進んだんだ。すごく狭い洞窟で、二人が並んで歩くのも難しいような場所だった。俺はいちばん後ろで、兄ちゃんのシャツをつかんで、震えながら歩いてった。ひんやりしてるし怖いし、目を開けてるだけで精一杯だった」

「最後尾がベストだよな。いちばんに逃げ出せるし」

「今考えれば危ない話だよ。急な坂があったら転げ落ちるかもしれないし、獣やら変質者やらが潜んでるかもしれないからな。でも、先頭のガキ大将は、そんなの怖くないぞって感じでどんどん進んじゃうんだ。怖くて死にそうだったよ。自分たちの声が壁に響いて、不気味に聞こえるしな。三十メートルくらい進んだところで、変な音が聞こえた。呻き声か、唸り声なのかわからないけど、ウー、ウーって」

「面白くなってきたじゃないか」

「さすがにガキ大将も怖くなったんだろうな。ぴたっと足が止まった。まずい、やめようって雰囲気になった。『誰かいるのか』って、ガキ大将が怯えたような声で奥に向かって言うんだけど、反応はない。最後尾の俺が振り向いたけど、入り口にも誰もいない。そこで突然、ウワーッってガキ大将が叫んだんだ! パニックになって、出ろ出ろって押されて、夢中で入り口まで走った。まあ、結果的には無事に全員出てこられたよ。でも、そこで不思議なことが起きたんだ」

「何だよ?」

「最後に出てきたガキ大将が、戻る途中で誰かに背中を触られたっていうんだ。見てみたら、シャツの背中に血をなすったような跡がべったりと付いてたのさ……。それだけじゃないぜ、ズボンとか靴にも真っ赤な血が付いてた。まさかと思ったけど、中に履いてるパンツにまで……」

「怪我したんじゃないのか?」

「まったくの無傷だよ」

「嘘だろ。来るときは、付いてなかったんだよな」

「もちろん」

「ふーん………面白い話だけど、よくある怪談って感じだな」

「確かにな。でも、大事なのはもうひとつのほうなんだ……」



「……待て。当ててやるぞ。そのガキ大将が、あとで死んじゃったとか?」

「はずれ」

「じゃあ……もともとそんな子はいなかったってパターンかよ?」

「ちゃんといたよ。今も健康に年をくってるぜ」

「じゃあ……その洞窟自体が存在しないってオチか? あとで行ってみたら、洞窟自体がなかったとか?」

「考えの方向性は近いけど、やっぱりはずれだ」

「おいおい、まさか……その街自体がなかったとか言わないよな?」

「そこまで大きな話じゃない。洞窟も街も、ついでに兄ちゃんもしっかりいる」

「うーん……わかんねえな」


「降参か、じゃあ教えてやるよ。俺はさっき、ガキ大将のシャツやズボンに、血が付いてたって言ったよな」

「ああ」

「だけど、どう考えてもそれはあり得ないんだ」

「どうして?」










「そのガキ大将、洞窟に入ったときは、全裸だったはずなんだよ……」

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