第50話 人助けがやめられない

 デバイスに設定してあったタイマーでは、残り17分。

 続々と船へ戻って来た隊員達の点呼を取り、帰還のための最終チェックを終わらせる。

 過不足ない事を確認すると、烏賊田が船内放送を通じて全員に連絡した。


「みんな、よくやってくれた。レギニカ達にも感謝する。色々と喜びたい気持ちはあるが……知っての通り、ここはあと20分弱で爆発する。さっさとずらかるとしよう」


 ガラスを挟んだ隣に立っていたフラムナトへ目配せをし、静かに頷く。

 頷きを返したフラムナトはパネルを操作し、スイッチを強く押下した。

 がぐん、と金属の動く音が響き、船全体が稼働を始める。


「全ての隔壁のロックを確認。異常なし。出発します!」


 フラムナトの合図と共に、船が激しい炎を吐き出し始めた。

 船全体に響き渡るほどの轟音を立て、炎は徐々に船を打ち上げていく。

 ゆっくりと遠ざかっていくジャングルの景色を、叶瀬は窓から眺めていた。


 そんな、時だった。


「ち……くしょおおおおおおおおおおーーーーーッッッッッ!!!!!」

「!?」

 

 打ち上げられ始めた船内にさえ聞こえる、凄まじい声量の叫喚きょうかんがジャングルから突き上がる。

 ジャングルに残っているのはただ1人しかいない。

 それは、カブラギの声だった。


「冷凍が解けたのか?」

「けど、もうやることはやった。遅かったわね」


 千帆と美優が、ジャングルを見下ろしながら呟く。

 ジャングルからは、カブラギの怒りとも悔しさとも取れる叫び声が、絶えず続いていた。


 ……。

 

 ……がごん。


「!」


 突如、隔壁の開く音が鳴る。

 振り返ると、星乃が手動操作によって船の出入り口の1つである隔壁を開いていた。

 吹き付ける外からの強い風が、一気に雪崩れ込んでくる。


「星乃! 開けると危ないよ! ……星乃?」

「……」


 美優が注意するも、彼女は開いた隔壁から黙って下を見下ろしていた。

 広大なジャングルに響く、カブラギの叫び声に。

 まるで……共鳴するかのように。


「星乃さん!」


 叶瀬は咄嗟に星乃の手首を掴んだ。

 彼女の背中に、不穏な空気が纏わりついていたから。

 嫌な予感が、頭をよぎったから。


「叶瀬くん……」

 

 ゆっくりと振り返った星乃は、やけに落ち着いた表情をしていた。

 その表情からにじみ出る陰りを、叶瀬は前に見たことがある。

 

『優しくは、ないよ』


 かつて、叶瀬が星乃と靴を買いに行った時。

 昼食を食べている時に、彼女が見せた表情だ。

 『人助けがやめられない』。

 彼女が語っていたそんな言葉を思い出し、嫌な予感は確信に変わる。


「星乃さ――」


 言いかけたその時だった。


「!」


 ぎゅう、と。

 足を寄せた星乃が、思い切り叶瀬を抱きしめる。

 唐突に伝わって来た彼女の感触に、叶瀬はただただ困惑した。

 強く抱きしめながら、星乃が小さな声で叶瀬に囁く。


「ごめん」


 そう言って体を離した後、彼女はにこりと微笑んだ。


「私は、もう大丈夫だから」


 凪のように静かで。

 柔らかく温かい表情を、浮かべて。


「っ!」

 

 星乃は急転換し、開いた隔壁から外へ飛び出した。

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