第51話 カブラギ
「星乃さんっ!!」
「星乃!?」
その場にいた全員が思わず声を上げるも、急加速によって船は一気に上昇し、星乃の姿は一瞬で見えなくなってしまう。
「――っ!」
踵を返して早足でどこかへ向かおうとする叶瀬に、千帆が立ち塞がった。
「何をする気だ」
「船を戻さないと。星乃さんが……!」
「馬鹿。今さら戻ったら、爆発に間に合わなくなる。全員死ぬぞ……!」
「っ……!!」
千帆に諭され、叶瀬は拳を強く握りしめたまま俯く。
叶瀬の抱える複雑な感情は彼だけでなく、その場にいた誰もが抱いていた。
ジャングルにて。
溶けていく氷を眺めていたカブラギの耳に、鉄の足音が聞こえてくる。
音するの方を見ると、大型戦闘機体を纏った星乃がこちらに走ってきていた。
彼女の姿を見たカブラギは、嘲笑うような呆れたような表情で息を吐く。
「はっ。さっき落ちてきたのはお前か。振り落とされたのか? 見ろ。船はもうあんなに高くまで飛んでいる。お前は助からないだろうなぁ!」
「……」
ヤケになって饒舌に話すカブラギに対し、飛んでいく船を眺める星乃は至極落ち着いていた。
「……そうね。助からないかも」
そう言って戦闘機体を解除すると、カブラギの隣へ歩み寄り腰を下ろす。
不思議な顔を向けるカブラギに見向きもせず、三角座りになった彼女は静かに呟いた。
「でも、心残りを作りたくなかったんだよ。そのためには、こうするしかなかった」
「心残り?」
「そ。……あなた、なんだか寂しそうだったから」
星乃の返答に、しばらく硬直していたカブラギは大口を開けて笑う。
「はーっはっはっは! 私が、寂しそう!? そんな事はない。私はいつだって、どんな逆境であろうとも1人で乗り越えられてきた! 私は孤独なのではない。孤高なのだよ」
「……」
「今回だってそうさ。きっと乗り越えられるはずだ。私は昔っから、悪運が強いからなァ!」
「……」
目をかっ開いて揚々としたカブラギとは違い、三角座りの星乃は黙って首を横に振った。
「無理だよ。こんな大きな船を破壊する規模なんだよ」
諭すような彼女の声に正気を取り戻したのか、カブラギは尻すぼみに喋ることをやめる。
入れ替わりに、星乃が彼を見上げ口を開いた。
「ねえ。教えてくれない? あなたがどうして、そんな風になったのか」
星乃の注文に顔をしかめ、一時は拒否の姿勢を取ったカブラギだったが、彼女の心境を察し諦めたような息を吐く。
「残り少ない時間だし、どうせ体は動かぬ。退屈しのぎに話してやるとしよう」
そう言って、彼は自身がこんな化け物に至るまでの経緯を話してくれた。
かつてのカブラギ……
『人の役に立ちたい』。
『人類史に貢献したい』。
彼はそんな気持ちを原動力として、ひたすらに科学の研究へ没頭を続けていた。
彼の専門は遺伝子工学。
遺伝子を人為的に操作する科学こそが、人類に新たな世界を見せられるのだと、彼は信じていた。
だが、現実はそう上手くいかなかった。
「たっ……『立ち入り禁止』って! なぜです!?」
ある日、鏑木は自身の研究室の前で声を荒げた。
彼の前に立つ、この研究所の所長を務める男性が『解雇通知』と書かれた紙を彼に見せている。
「君の研究は著しく倫理性に欠けている。いくつもの動物をくっつけた
丸眼鏡をくいと持ち上げながら放たれた『立ち入り禁止』の理由に、鏑木は歯を食いしばって抗議の姿勢を見せた。
「
「それが駄目だと言っているんだ!!」
所長は空気を破るような大声で鏑木の抗議を掻き消すと、ずいと顔を寄せて彼の胸に人差し指を突き立てる。
「いいか。君はそれを、農作物に除草剤への耐性を付けるようなもの、と考えているだろうがな。まるで違うぞ。農作物の遺伝子組み換えは、あくまで人間社会に迎合するための改造だ。自然のものとは違う歪な存在であり、自然に放てば悪影響を及ぼす」
鏑木が目指していた研究は、生物の優秀な遺伝子のみを選別して人間に取り込む……『人間の遺伝子組み換え技術』だ。
だが所長は、彼の思想には微塵たりとも賛同しない。
「進化とは自然現象の一種だ。種が長い年月をかけて取捨選択を行いようやく発生するもの。それを人為的に、短絡的に引き起こせると思うのは傲慢だ。最悪の場合、人間という種が消え去るぞ」
そう語る所長の瞳は、激しい怒りに満ち溢れていた。
肩を持ち上げて大きく息を吸い込むと、満ち溢れるその怒りを鏑木へとぶつける。
「この星が生まれてから何十億年も続けられてきた進化の流れを、いち生物でしかない人間が捻じ曲げるべきではないんだ!!!」
怒声が、強く響いた。
そこまで言った所長は肩を落とすと、「それが分からないのなら、今すぐ出て行け」と燃え尽きたように言い放つ。
鏑木は、踵を返して研究所を後にするほか無かった。
だが所長の言葉で、鏑木が納得できるはずもなく。
「くそっ! くそっ! くそっ……!」
自宅へ帰った鏑木は、ひたすらに怒りの拳を机へ叩き付けていた。
なんで、理解してくれないんだ。
『人為的な進化は自然ではない』だと?
自然の一部である人間が行える事なのだから、それこそが自然な進化と言えるのではないのか!
温暖化、気候変動、食糧問題、放射線、自然災害。
人類が抱える問題は山ほどある。
『人為的な進化』は、それらを一挙に解決できる手段だというのに。
救世主からの救いの手を、なぜ払い除けようとするんだ。
「……!」
気が付けば、殴りすぎて拳から血が出しまっていた。
一度、落ち着こう。
鏑木は深呼吸を試みるも、なかなか上がった心拍数は下がらない。
「……散歩にでも行くか」
そう呟くと、彼は家を出て夜の道を歩き始めた。
暗い夜空に、冷たいそよ風が似合っている。
世界という箱庭に、蓋をされているようだ。
誰ともすれ違わない公園の道を、酔いどれのようにふらふらと歩いていく。
怒りが徐々に収まり始め、体がリラックスしてきた頃だった。
――――――ッッッ!!!
「っ!?」
突如、何かが爆発したような轟音と地響きが走る。
かなり近くで鳴ったような尋常でないその音に、鏑木は恐れおののいた。
顔を向けると、公園の奥にある森から激しい土煙が漏れ出ている。
「はあっ、はあっ……」
森を掻き分け、土煙の上がる奥へ進んでいった。
まるで何かに、引き寄せられるかのように。
そして鏑木は森の先で、見たのだ。
「……!」
墜落した小型船と、謎の生物の焼死体とを。
それから鏑木は死体を持ち帰り、自宅にある小さな研究室で死体を調べた。
青色の肌を有し、4つの目を持つ巨大な生物……見たことのない姿に、鏑木は激しい興味を抱き始め、これが落ちてきたのは天啓だとさえ感じた。
そして鏑木は幾度もの実験を繰り返し、謎の生物……レギニカの遺伝子を、自身を被検体にして取り込んだのである。
「おお……すごい、すごいぞッ!」
レギニカの遺伝子を取り込んだ鏑木は、ひどく興奮した。
レギニカが持つ、人間を越えた科学の知識が、頭の中に流れ込んできたから。
彼は既に、レギニカの虜になってしまっていた。
行ってみたい。
こいつの母星へ。
もっとたくさんのレギニカを、見たい。
そう強く実感した鏑木は、レギニカと共に墜落していた小型船の修繕……そして、墜落しないための改良を試みることにした。
鏑木の頭脳にレギニカの知識が加わったことで、数週間の時をかけて小型船の改良に成功する。
鏑木は自身の研究を記したPCのみを持って船に乗り込むと、レギニカの星へと向かった。
彼らとのコミュニケーションには困らなかった。
レギニカの知識が、遺伝子が、鏑木の中にはあったから。
「人間にはレギニカに比べて、圧倒的に高い繁殖能力があります。死滅させるなんて勿体無い。その優れた能力を……レギニカに、取り込みましょう」
レギニカの母星にて、彼らの王たる存在へ
レギニカの遺伝子を取り込んだ彼にはもう、『人類史に貢献したい』などという心は失われていた。
代わりに、レギニカというより優れた種族に対する畏敬の念と。
自身の善意を踏みにじった人間に対する、復讐の心が芽生えていた。
次の更新予定
エイリアン・キャプチャー 染口 @chikuworld
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