第48話 凍結

 立ち塞がる隊員達と交戦するカブラギの背後へ、茂みから飛び出した叶瀬が走って接近する。

 フラムナトはこう言っていた。


「彼が頭を吹き飛ばされても再生できるのは、脳や脊髄の機能を他のパーツへ移動できるからだと思います。ですが凍結させられれば、細胞活動は止まり臓器の移動ができなくなるはず」


 すなわち、頭を凍らせることで脳や脊髄を頭に留め、そこでトドメを刺そうという算段である。

 問題は……カブラギの頭は、巨体の上にそびえているということだ。

 だから、彼を必要がある。

 それを実現させるために、同じく茂みから飛び出したフラムナトが動いた。


「はあっ!」


 彼は持っていた槍を振りかぶり、叩き付けられた触手へ思い切り突き刺す。

 槍が放電し、突き刺された触手が痙攣を引き起こした。

 槍を引き抜くべく、カブラギがもう一本の触手を起こす。


「今っ!」


 その動きを狙っていたかのようにフラムナトが叫ぶと、レギニカ達が一斉にカブラギの胴体へ射撃した。

 弾丸はグレネードのように次々と爆発し、カブラギの体を大きく仰け反らせる。


「次っ!」


 フラムナトが叫ぶと、カブラギの背後に回っていたレギニカ達がワイヤー突きのもりを放った。

 肩に刺さった銛から伸びるワイヤーを引っ掴み、レギニカ達は一斉に後ろへ引っ張り始める。


「ぐおおおッ……!!」


 爆発による衝撃と、背後からの牽引によって倒され始め、カブラギは思わず咆哮を上げた。

 残る触手を用いて抵抗するも、何かを察したSROFA隊員達がそれを許さない。

 そして、カブラギは地面に背中を打ち付られる。

 地鳴りと土煙が拡散する中、フラムナトは叶瀬の方を向いた。


「叶瀬さん!」

「はい!」


 フラムナトからの合図を受けた叶瀬は視界の悪い土煙の中を駆け、倒れたカブラギの頭へと辿り着いた。

 自分の体くらいある頭を両手で掴み、小指で凍結機能を起動させる。

 ばしゅう! という噴射音と共に、全身から冷気を吐き出し始めた。

 掴んでいるこめかみ部分から、徐々に頭が凍り始めていく。


「ぐぐぐぐッ……!」


 カブラギは抵抗するべく腕を振り上げたが、SROFA隊員達が掴んで押さえつけていた。

 叶瀬のモニターに表示されている、凍結機能を維持させられる残電力は残り僅かしかない。

 だが着実に、氷はカブラギの頭を覆い始めていた。

 歯を食いしばって喚いていたカブラギの声も、単なるうめき声へと変遷していく。

 そして。


「……」


 カブラギが、ついに沈黙した。

 残電力は、一桁にまで減っている。

 張り詰めた沈黙が、ジャングルに漂っていた。


「なあんて、なぁ」


 しかし。

 頭ではないどこかから、嘲笑するようなカブラギの声が聞こえた。

 押さえつけていたSROFA隊員やレギニカ達を引きずり倒し、触手がゆっくり持ち上がる。

 肩部分がモコモコと盛り上がり始め、そこにが生成された。

 

「頭を凍結させれば止まると思ったか? 無駄よう。私の肉体は、全てが脳の役割をしているようなもの! どこを破壊されようとも、問題ないのだ」


 生成された新たな頭が、得意気に語る。

 そう言って、周囲に群がる者達を振り払った。

 叶瀬も例に漏れず、触手の一撃をまともに喰らって吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛ばされた者達は皆、絶望していた。

 カブラギは勝利を確信した顔で、移動を再開し始める。

 と、その時。


「諦めるなァ!!」

 

 曇る空気を切り裂くように、力強く叫ぶ者がいた。

 顔を上げた先には、単身でカブラギの進行を受け止める烏賊田の姿がある。

 戦闘機体の大きな両手が煙を吐きながら駆動し、ブースターのように火を吹いてカブラギを押さえていた。

 それでも徐々に力の差が現れ始め、彼の足元にわだちが生まれ始める。

 だが彼は諦めることを決してしなかった。


「まだ終わったわけじゃない!! 人類の明日がかかっているんだ!! 命尽きるその時まで、抗い続けるんだあぁっ!!」


 そんな烏賊田の訴えが魂に届いたのか、立ち尽くしていた者達は再び動き出してカブラギに挑み始める。

 叶瀬も突き動かされるように、カブラギの元へ走っていた。


「ふんッ!」


 だがしかし、カブラギの力はあまりに圧倒的で。

 触手を払い、拳を叩き付けるだけで隊員達が容易く弾き飛ばされ、進撃が再開される。

 叶瀬の戦闘機体も、残電力が僅かしか残っていない。

 電力を使い切って無防備になれば、死んでしまうかもしれない。

 自分の故郷である星から遠く離れた、この人工の星の中で。


 ……。

 

 それでも。

 たった1秒だけしか稼げなくても、命を投げ出してでも足止めをしてみせる。

 その思いは星乃や、千帆と同じで……。

 後悔を、したくないから。


 ぐんぐんと船へ接近していくカブラギへ追いついた叶瀬は、彼の触手へ思い切り掴みかかった。

 そして、凍結機能を起動させる。

 冷気がカブラギの触手をじわじわと覆い始めた。


「……っ!」


 だが、ほんの僅かだけしか凍らない。

 残電力は、残り2%を切っている。

 もう限界だと思っていた、その時だった。


 ピッ。

 突然、残電力の表示が100%に戻る。


「!?」


 不思議な現象に、叶瀬はまるで理解が追い付かなかった。

 だがしかし、すぐにその理由を知ることとなる。


「星乃さん……!」


 隣にはいつの間にか、同じように触手を掴む星乃が立っていたのだ。

 そして大型戦闘機体の腰部あたりから、1本のケーブルが伸びている。

 ケーブルの先は、叶瀬の戦闘機体の背部に繋がっていた。

 星乃がケーブルを使って、大型戦闘機体の電力を叶瀬に与えたのである。

 おかげで止まりかけていた凍結機能が再開し、カブラギの触手をさらに凍らせていく。


「小賢しい奴め!」

 

 カブラギが叶瀬の掴む触手を動かそうとするも、大型戦闘機体の手がそれを引き留める。

 煩わしくなったカブラギは、拳を叶瀬の頭上に振り下ろした。


 がうんっ!

 だが、彼の放った拳が直撃することはなく。

 叶瀬の頭上に滑り込んだ、何重にも重ねられたつくりの盾が受け止めていた。


「そういう事ね! 叶瀬くんに賭けるわ!」

 

 盾を持っていた補助アームの持ち主である美優が、同じように叶瀬へケーブルを挿し電力を供給する。

 そんな光景を見ていた千帆は、デバイスを通じて隊員全員に連絡した。


「全員! 加賀 叶瀬を全力で守れえーーッ!! そして、彼に電力を渡すんだぁーーッ!!」

「「「おおおーーーッ!!!」」」


 彼女の指令を聞いた隊員達がときの声を上げ、続々と叶瀬の近くへ集まってくる。

 隣の隊員へケーブルを挿し、刺された隊員がまた隣の隊員へケーブルを継ぐ。

 電力のリレーが叶瀬の元へ流れていき、十分すぎるほどの電力が集まっていた。

 氷の浸食はどんどん進み、ついに触手の1本を覆い尽くす。


「させるかァッッッ!!」


 危険を感じ始めたカブラギが、彼らを排除すべく残りの触手を持ち上げた。

 しかし。


「はあっ!」


 振り上げられた触手へ、フラムナトが槍を投擲する。

 突き刺さった槍が放電し、カブラギを大きく怯ませた。

 それだけではなく、レギニカ達はあらゆる手を……時には自らが壁になってまで、SROFAの隊員達をカブラギの猛攻から守ってくれた。

 全員が死力を尽くしていく中で、カブラギの肉体は着々と凍り付いていく。


「こんな……ところでェ……ッ!」


 カブラギは歯を食いしばって拘束から脱しようとするも、体の動きは芋虫のように遅く、それさえも氷へと覆われた。

 凍結機能の連続使用により、叶瀬の戦闘機体は異常加熱オーバーヒートが発生していたが、止まらない。


「「「いけえええぇぇぇぇぇぇーーーっっっ!!!」」」


 全員の魂の叫びが響き、そして。


「ヴ……ご……」


 ぐるんと白目を剥いたカブラギの顔を、氷が覆い尽くす。

 全身を青白い結晶で包まれたカブラギは、前方に手を伸ばした姿で完全停止した。


「はあ、はあ、はあ……」


 一同は沈黙し、異常加熱オーバーヒートに晒されていた叶瀬の、息を切らす音だけがやけに響く。

 沈黙は、長い間続いたように感じた。

 それでも、カブラギは凍ったまま動かない。


「う……」

「「「うおおおおおおおおーーーーーっっっ!!!!!」」」


 誰かが声を漏らした途端に、一同はせきを切ったように勝利の声を掲げた。

 人類は……そしてフラムナト達レギニカは。


 カブラギに、勝利したのだ。

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