第47話 カブラギ、再び

 意識を失い、地面を埋め尽くすように倒れているノーヴァス・レギニカの大群へ、SROFA隊員やレギニカ達が1体ずつトドメを刺して回っている。

 クローン個体のノーヴァス・レギニカというあまりに強大だった壁は、思いのほかあっさりと排除された。


「一応、ジャミング波に引っかかっていないノーヴァス・レギニカもいるでしょうね。ですが、さして多くないと思います」

「クローンで兵力が賄われているから、本物は少数なんだったか? ……それにしても、ジャミング波1つで壊滅するなんて脆弱だな」

「レギニカ同士の戦争では、自分達のクローンも使えなくなりますから……あまり意味を成さなかったのですよ。それに……人間よりも繁殖能力が遥かに低いので、本物を大量に投入してしまうと絶滅しかねないのです」

「ううん……そういうものなのか」


 フラムナトの話に人間との違いを感じながらも、烏賊田はどうにか自分を納得させる。

 一方で、叶瀬は咳き込んでいた星乃の元へ駆け寄っていた。


「大丈夫ですか」

「ああ、へいき……っ! 平気、平気だよ」


 咳を抑えながら穏やかな表情を返す星乃だが、いつものように溢れるほどの元気は感じられない。

 そんな叶瀬の心配を感じ取ったのか、星乃は彼から視線を外し、ガラスに映る外の景色を眺める。


「心配ないよ。ここで『テッカー症』を治す手段が見つかれば、私も元通りに戻れるんだからさ」

「そう……ですね」

「『テッカー症』が治るようになって、レギニカが降ってくる心配も無くなる。『人とレギニカの共存する世界』が、今度こそ実現するかもしれないんだよ! だから、私は頑張れる!」

 

 再びこちらを向いて熱く語る星乃の姿に、叶瀬は少しだけ安心した。

 

 だが、しかし。


「……!」

 

 そんな安心を搔き消すように、叶瀬はジャングルの奥で蠢く巨大な影を見た。

 4本の触手と巨体とをうねらせ、地鳴りを上げてこちらへ接近してきている。

 叶瀬と同じものを見た外の隊員が、荒い息と共に通信を寄越してきた。


「連絡っ! 何かデカいものが!!! アレは……」


 隊員の報告を受けた烏賊田が、目を鋭くして巨大な影の名を口にする。


「カブラギか……!」


 そう。

 カブラギが、突如として姿を現したのだ。

 ノーヴァス・レギニカの大量移動によって、何かが起こったことを察したのだろう。

 隊員やレギニカ達は戦闘後で疲労困憊なこともあり、船の内外では大混乱が発生し始めた。

 徐々に強まっていく地鳴りが、心の臓を激しく揺さぶってくる。

 一直線に向かってくるその姿は、溢れる殺意を体現しているようだった。

 そんな彼の姿を見たフラムナトが、悪い予感を口にする。

 

「彼に船を壊されてしまえば、我々は帰ることができなくなります!」

「っ! 総員に連絡! 奴の侵攻を命がけで阻止しろ! 船を壊されたら、俺達は終わりだぞ!!」


 烏賊田は慌てて全員へ連絡を飛ばし、自信も現場に向かうべくメイン操縦室を飛び出した。

 彼に続いて、隊員やレギニカ達がカブラギを阻止するため続々と外へ出ていく。

 叶瀬が隣の星乃へ顔を向けると、彼女は口を引き結んで強く頷いた。


「私達も行こう!」

「はい!」


 建物が震える中、2人は駆け足で船を降りていく。

 戦闘機体を纏って、草木の生い茂るジャングルを駆けていく。

 

「走れ走れ走れ!」


 誰かの声に背中を押され、全員が一目散に、さながらバイソンの群れの如き勢いでカブラギの元へ走って行った。

 そこに、SROFAとレギニカとの違いはあらず。

 星を救うという、共通の使命に駆り立てられた者達の姿だけが存在していた。

 視界の悪い木々を掻き分け、戦闘機体のパワーを存分に吐き出しながら進んでいく。

 草木を踏む音、戦闘機体の駆動音、重い体が起こす振動。

 360度あらゆる方向から聞こえる音は、まるで1つの大きな生物が奏でる息遣いのように感じた。


 そんな力強い一体感が、唐突に崩される。


「あああああっ……!!」

「!?」


 前方のジャングルから、叫び声を上げた戦闘機体が後ろ向きに吹っ飛んできた。

 投球のような速さで飛んできた戦闘機体は、全身を地面に打ち付け激しい金属音を響かせる。

 叶瀬が思わず立ち止まると、前方からさらに激しい声やら金属音が近付いてきた。

 すぐ前に見える樹木が、ばきんと折れ曲がる。


「っ!」


 巨大な触手をうねらせて、とうとうカブラギが叶瀬達の前に姿を現した。

 大勢の隊員やレギニカ達が武器を突き刺し、弾丸を撃ち込むが、彼は進撃を止めようとしない。

 再生した触手を一振りするだけで、周囲を塵芥ちりあくたのように吹き飛ばしていった。

 叶瀬は触手を避け、側方の茂みに飛び込む。

 その時、誰かに戦闘機体の装甲を引っ掴まれた。


「!!」

「大丈夫です! 私です」


 反射的に抵抗しようとした叶瀬の視界に、フラムナトが慌てて顔を覗かせる。

 

「あなた、ノーヴァス・レギニカ捕獲の時に付いてきてくれていた方ですよね?」

「え、ああ……そうですが」

「凍らせる機能は、まだ使えますか?」


 フラムナトの言葉に、叶瀬は黙って頷きを返す。

 暴れるカブラギの様子を伺いながら、フラムナトはぼそりと呟いた。


「その機能で、カブラギを倒せるかもしれません」

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