第46話 反撃の狼煙
船からジャングルに向かって、 口を塞がれた人間の叫び声にも似た、奇妙な音が断続的に放たれている。
その音をメイン操縦室の窓から聞いていた烏賊田は、訝しげな顔を浮かべていた。
「本当に、これでノーヴァス・レギニカが来るのか?」
「クローン個体が反応する音です。きっと来ますよ」
烏賊田の疑問へ、フラムナトは自信満々に返事をする。
そんな彼の言葉を実現するかのように、監視を行っていた隊員からの通信が入った。
「前方、500メートル先! ノーヴァス・レギニカの大群が、こちらへ接近しています!」
隊員の報告に、フラムナトが「ほら」と言わんばかりの視線を烏賊田へ向ける。
「ジャミング装置を一度発動した後は……」
「再充電に時間がかかるから、足止めが必要なんだろ? 大丈夫、忘れてないさ」
フラムナトの再確認をあしらうように返した烏賊田は、デバイスを通して船外の隊員と連絡を取り始めた。
「準備はできてるか? 来るぞ」
デバイスから返ってきた「ええ、バッチリです!」という元気な返事に頷くと、窓から見えるジャングルの奥に土煙を確認する。
いよいよ、接敵だ。
船内で待機する者、船外で待ち構えている者、SROFA隊員、レギニカ。
全ての者に、息を呑むような緊張が走る。
土煙は次第に大きくなり、地響きが船を小刻みに揺らし始めた。
「来たっ!!」
木々を薙ぎ倒して、ノーヴァス・レギニカの大群が姿を現し始める。
次々と現れる奴らの数は、10体どころではなかった。
「何十体いるんだ……!?」
100体を越えている可能性すら十分にあるほどの数を成して、こちらへ一直線に向かっている。
ガラスを粉砕してしまうのではないかと錯覚するほどの迫力に、流石の烏賊田も額に汗をかく。
「そろそろ、起動した方が良いんじゃ……」
「いいえ。ギリギリまで引き付けます」
フラムナトはあっさり烏賊田の言葉を跳ねのけ、じっと奴らの突進を観察し続けていた。
ノーヴァス・レギニカはどんどん近付いてくる。
剥いた白目と、目が合ってしまうほどに。
「なぁ、ホントに……」
「まだです」
すぐそこだぞ!? と言いたげな顔でフラムナトを覗き込んだ烏賊田だったが、彼は装置に手をかけたまま動かない。
ノーヴァス・レギニカの馬脚が船の入口に到達しようかという、その時だった。
「今っ!!」
フラムナトは、装置のレバーを思い切り引き倒した。
外に向けて放たれていた奇妙な音は消え、代わりに水中で爆発を起こしたようなこもった音が鳴る。
衝撃波が走り、突っ込んできたノーヴァス・レギニカ達を包み込んで押し返した。
その衝撃波はジャングルを激しく揺らし、船内を大きくかき混ぜる。
「うおおおっ……!」
屋内の者は何かに掴まっていなければ立てないほどの揺れであった。
叶瀬も壁に手を添えることで、なんとか体のバランスを保つ。
揺れが落ち着くと、烏賊田はガラスに駆け寄って下の景色を見た。
「おお……!?」
船の入口まで迫っていたノーヴァス・レギニカが、1体残らず倒れている。
ただでさえ大きな体が倒れたことで積み上がり、小さな堤防のようになっていた。
左右のジャングルに潜んでいたレギニカが現れ、そのうちの1体に近寄って観察する。
「気絶しています。成功です!」
「……はああ」
デバイスから聞こえてきた彼の報告に、烏賊田は胸に溜まった息を全て吐き出した。
だが、まだ油断はできない。
集団の後方にいた個体は、ジャミング波が届かずまだ活動状態のままで、倒れた他の個体を乗り越えてこちらに向かっていた。
数は大幅に減ったものの、まだ20体近くは残っている。
「それじゃあ、"時間稼ぎ"だな。準備はいいか?」
落ち着きを取り戻した烏賊田は、外で待機する隊員達へ再確認を取った。
ノーヴァス・レギニカが、近付いてくる。
船までの距離が100メートルを切った、その瞬間。
「起動ォ!」
烏賊田の合図と同時に、ノーヴァス・レギニカの足元が爆発した。
爆発に吸い込まれるかのように、奴らの体が半分ほど地面に埋まっていく。
落とし穴だ。
「グウウウゥゥゥッッ……!!」
ノーヴァス・レギニカ達は穴を乗り越えようとするも、彼らの前へ滑り込むように『駆除班』の精鋭達が立ち塞がる。
いくらノーヴァス・レギニカであろうとも、下半身を埋められた状態での力量は『駆除班』と対等であった。
否、それどころか……。
「ジャミング装置を使う前に、決着付くのでは……?」
フラムナトが口にした通り、『駆除班』の隊員達はノーヴァス・レギニカを圧倒していた。
ノーヴァス・レギニカの体へ次々と傷が付き、それによって『駆除班』の有利がさらに加速していく。
結局、2度目のジャミング波が放たれることは無かった。
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