第38話 宇宙へ
開きっぱなしの入口から、建物の内部を覗き込む。
「おお……」
建物の中は、以前入った時とはまるで違う空間が作られていた。
廊下は広く、天井も高く広げられている。
部屋の扉があちこちに設置されており、人間のための施設として大きく改造が施されていた。
足を踏み入れながら見渡していると、隣に烏賊田が現れる。
「たった4日で作り変えたらしい。相変わらずレギニカの技術力は、人類より数段と上回っていて悔しい限りだ」
「レギニカ共はどこに?」
「別室だ。感染するからな。連絡は、取れる」
千帆の質問へ、手首のデバイスを指で叩きながら答えた。
デバイスから、ざあざあと細かいノイズが鳴り始める。
「こちら烏賊田。全員乗り込んだ。そっちの準備は?」
「ばっちりです。出発しますか?」
烏賊田がデバイスに話しかけると、フラムナトの声が返ってきた。
烏賊田は真っ先に、叶瀬と千帆を見る。
「本当にいいのか?」と、問いかけるような目で。
当然、返事は変わらない。
叶瀬たちの堂々たる頷きを見た烏賊田は、「出発しよう」と指示を出した。
「承知しました。では、出発します」
静かな言葉が返ってくると同時に、建物がガウンと大きく揺れ動く。
建物中から駆動音が響き始め、上に向かって移動していくほのかな圧力を感じ取った。
近くにあった窓へ駆け寄って外を見てみると、建物が地上から離れて上昇し始めている。
ついに出発した。
覚悟はしていたはずなのに、いざ出発するとなると、あっという間に離れていく地上が恋しく思えてくる。
だが、進まなければならない。
雲の上に差し掛かる頃には、半ば気持ちは吹っ切れていた。
宇宙船と化した黒い建物は、圧倒的な速度で空を昇っていく。
雲の上を越え、青かった空が夕景のように……そして、何の混じりけもない深い紺色の世界が映し出されてくる。
宇宙空間だ。
まさか自分が来られるとは思ってもいなかった宇宙という景色に、心を鷲掴みにされてしまう。
遥か遠くに小さな光が瞬くだけの、真っ黒で果てしない無の空間。
モノが溢れる現代において、本当に何もない空間を見るのは不思議な気分だ。
「カブラギの船と接触するまで、あと10時間と少しある。今のうちに仮眠を取っておくといい。それじゃ、自由時間だ」
烏賊田からの連絡がデバイス越しに届く。
同時に、叶瀬のデバイスに地図が表示された。
叶瀬用に、部屋が割り当てられているようである。
「あたしは向こうだから、また10時間後。なんかあったら連絡する」
千帆もそれだけを告げ、その場を立ち去ってしまう。
「あの~……1つだけ、聞いてもいいっすか? 宇宙に出てるはずなのに、無重力にならないのは何故なんすかね? 浮きながら寝るのが夢だったんすけど……」
「船内だけ重力がかかる特殊な機構があるらしい。だから地上と同じように活動ができる。……あと言っておくが樋口、こっちは公共回線だぞ」
「おろ? あっ、失礼しましたぁ!」
通信から聞こえる樋口と烏賊田のくだらないやり取りを耳にしながら、叶瀬は仮眠を取るべく自室へ向かった。
10時間はあっという間だった。
睡眠と食事を終えて船内を散歩していると、唐突に烏賊田からの連絡が入ってくる。
「そろそろだ。皆、メイン操縦室へ集まってくれ」
彼の指示に従い、メイン操縦室と呼ばれる場所へ向かった。
着いたのは、前に千帆の映像で見た、この船を動かすための操縦パネルがある部屋。
入口の向かい側は全面ガラス張りとなっており、大迫力の宇宙が展望できた。
「!」
ふと横を見ると、部屋の中心に大きなガラスの壁があり、そこから部屋が左右に分けられていることに気が付く。
ガラスの向こう側にあたる部屋で、レギニカ達もこちらの様子を伺っている。
ここが唯一、船内でレギニカと人とが共存できる空間、といったところだろうか。
「よろしいですかな? では、説明しまする」
ガラスの向こう側にいるレギニカたちの中から、ダスポポがそう言いながら現れる。
しゃがれた声で咳払いをした後、早速パネルを操作し始めた。
前面のガラスに赤いマーカーが現れ、一点を四角で囲う。
そこに、謎の物体が浮かんでいる事に気が付いた。
「あれがカブラギの船です。もうすぐで接触します。5機の小型飛行機を用意しているので、近付いたらそれに各自乗り換え、奴の船へ侵入……という流れでございます」
「レギニカと人で、どう分ける?」
「いえ。レギニカの技術物ですので、それぞれの船にレギニカはいた方が良いでしょう。戦闘機体を装着していても乗れますので……」
「っ!? 危ない!!!」
ダスポポと烏賊田との会話は、誰かの叫びによってかき消される。
その瞬間。
「――――っ!?」
凄まじい轟音と共に、船が大きく揺らいだ。
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