第37話 準備期間
「叶瀬くん、これお願い! あ、あとそれ終わったら用具棚から持って来て欲しいものがあるんだけど……」
美優の指示に従って、せっせと手伝いをこなしていく。
「肩に力入れすぎだ。脇は締めたまま、程よく力を抜く感覚を覚えろ」
空いた時間を使って、千帆との模擬格闘訓練に明け暮れる。
レギニカによる侵攻を防ぎ、『テッカー症』の解決策を見つけるため。
人類を……そして、星乃を救うため。
無我夢中でそんな日々を繰り返していた叶瀬にとって、1週間という準備期間はあまりにも短かった。
そして。
まばらな雲だけが残る、ほとんど快晴と言って良いほど晴れやかな日。
出発の、当日が訪れる。
叶瀬の目の前には、黒く巨大な建物……かつて地下洞窟で見た、リヴト率いる星帯侵攻軍の建造物が建っていた。
試験運転も兼ねて、ダスポポ達が地上まで動かしてくれたのだという。
地上の光を浴びて黒く光る建物は、地下洞窟で見た時より何倍も迫力があった。
そんな建物を目の前にしても、宇宙へ行くというのはいまいち実感が湧かず、ふわふわとした緊張感だけがゆるく全身を巡っている。
ぼんやりと建物を見上げていた叶瀬の隣へ、千帆がやって来た。
「星乃には会ったか?」
「一昨日、挨拶へ行きました」
「なんて言ってた?」
「『頑張って! 応援してる!』……とだけ」
「お前もか」
叶瀬の返答に、千帆は困ったような安堵したような顔を見せる。
会うのが最後になるかもしれないというのに、星乃の言葉はとても短かったのだ。
「私も昨日会いに行った時、同じことを言われた。めちゃくちゃ喋るだろうと思ってたから、なんか気持ち悪かった」
「余計なプレッシャーを抱えさせないための、星乃さんなりの気遣い……だったのでしょうか」
「あいつは変な所で気を遣ってくるからなぁ……最後かもしれないってなりゃ、つもる話もあるだろうに」
千帆はため息交じりに嘆くと、青空へ向かって伸びる黒い建物を見上げる。
「私はさ、レギニカに父さんを殺されたんだ」
呟くように。
やけに穏やかな声で。
風邪に吹かれながら、彼女は自身の過去を語り始めた。
「別に特別な殺され方だったわけじゃない。普通に殴られて、普通に殺されたって聞いた。……父さんと最後にした会話は、本当に些細な言い争いだった。それがずっと、心に引っかかってる」
過去を憎むように、見上げた目がキッと鋭くなる。
「私がSROFAへ入ったのは、それを忘れたかったからだ。母さんには反対されたけど、私は私みたいに後悔する人を見たくない。レギニカを殺して、それを防ぐことができたと実感した時だけ、心の引っかかりが薄まった気がしていた」
まあそれも、喋るレギニカが出てきてやりづらくなったけどな。と付け加える。
彼女は叶瀬の方をチラリと見て少し迷った後、頭を掻いてぶっきらぼうに口を開いた。
「だから、レギニカを保護しようとするお前や星乃みたいな『捕獲班』に強く当たりすぎてた部分もあった。悪かったよ。一応、お前にも謝っとく」
いつもの彼女なら絶対口にしないであろう言葉に困惑するが、それは彼女が最も分かっていることだろう。
『後悔したくない』という彼女の心理が、そうさせたのかもしれない。
叶瀬はそこに、僅かな既視感を感じ取る。
その正体を脳内で追いかけて、そして気が付いた。
「……星乃さんも、大切な人を亡くした後悔に悩んでいました。やり方が違うだけで、お二人は案外似てるのかもしれないですね」
「はぁっ!? 私が、星乃と!?」
淡々と既視感の正体を語る叶瀬に、千帆は爆発したように声を上げる。
星乃と一緒にされるのはやはり不服なのか、「あんな奴と一緒なわけがねーだろ!」と異議を申し立ててきた。
その様子を見ていると、変わらぬ無表情に千帆がほんの少しだけたじろぐ。
「な、なんだよ……」
「いえ。やっぱり似てますね」
「お前って、意外と生意気な所あるよなぁ……」
そう言って顔を背けた先で、千帆は2人を呼ぶSROFA隊員の姿を発見した。
乗り込む時が来たようである。
叶瀬の脇腹を肘で小突くと、「行くぞ」と顎で入口を示しつつ歩き始めた。
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