第36話 代理の『教育係』

 この星を救うための一大作戦。

 『カブラギを捕まえて侵攻阻止』作戦のための準備が、大急ぎで進められていく。

 できるだけ万全の準備を喫したいのと、先手を打たれる可能性とを天秤にかけて調整した結果、作戦開始は1週間と2日後に決定した。

 アルバイトである叶瀬も、主に美優や烏賊田の助手として準備を手伝っていく。


「んー、今のところ叶瀬くんがやれる仕事はないかな。烏賊田さんにも同じこと言われたんでしょ? 休んでていいよ」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 やれることが無くなり、叶瀬は研究所内に設置されてあるベンチへ腰掛ける。

 飲み物を飲んで一息ついていた所へ、隣に千帆が座ってきた。


「今、暇?」

「その言い方、すごく嫌な気配がしますが……暇ですね」

「大したことじゃない。をしないかってお誘いだ」

「……鍛錬?」


 千帆の放った言葉へ首を傾げて聞き返すと、彼女は「ついて来い」と言わんばかりに顎を傾けて席を立つ。

 彼女について乗り込んだエレベーターは1階のロビー……では止まらず、さらに上へ上がっていった。

 

 ぽーんと軽快な音を鳴らし、扉が開く。

 到着したのは『駆除班』の事務所であった。

 初めて来る場所かつ、見知らぬ人が往来していることに不安を抱きながらも、ずんずん進んでいく千帆へひたすらついて行く。


「ここ」


 いくつか廊下を曲がった後、千帆はある部屋の前で立ち止まった。

 見上げると、『模擬訓練室1』と書かれたプレートが扉の上に設置されてある。

 

「模擬訓練室……?」


 呟く叶瀬をよそに、千帆はその扉を勢い良く開けた。

 千帆が入っていく後ろから、部屋内を覗き込む。

 部屋はテニスコートくらいの大きさをした、家具1つない空間であった。

 灰色のタイルカーペットが敷かれていた廊下とは異なり、この部屋の床材は黒く堅いゴムのようなものとなっている。

 

「おい」

「わっ」


 部屋を見渡していた叶瀬の元へ、千帆が何かを放り投げてきた。

 キャッチしたものは、厚底ブーツのような装置。


「履いてみろ。……それと、これも」


 さらに千帆は、サングラス型のデバイスを手渡してきた。

 サングラス型デバイスで目を覆い、厚底ブーツ型の装置を履く。

 通常の厚底ブーツよりも大きいため、立ち上がるのに少しばかり苦労した。

 前には、既に装備を終えた千帆が立っている。


「これは一体……?」

「すぐに分かる。手首のデバイスを見てみろ」


 彼女が指した先……自身の手首に装着してある、戦闘機体を呼び出すデバイスへ視線をやった。

 デバイスには『同期完了』の4文字が記されており、その下に『模擬訓練開始』と書かれたボタンが表示されている。

 この格好に、『模擬訓練室』という部屋の名前。

 そしてデバイスに表示された、この文字列。

 これらが意味することを予想するには、情報がお膳立てされ過ぎていた。

 一瞬だけ千帆と目を合わせた後、『模擬訓練開始』のボタンを押下する。


「!」


 途端、電気の駆け抜けるような感覚が全身に流れた。

 この感覚で、叶瀬の予想は確信に変わる。

 周囲に半透明なホログラムが出現すると同時に、体が鈍重な感覚を身に着け始めた。

 ホログラムは叶瀬がいつも使っている、二頭身で装甲車のように角ばった戦闘機体のシルエット。

 色が付くことはなく、半透明の膜を被っているような状態で完成したが、感覚は戦闘機体を纏っている時のそれと全く一緒であった。

 履いているブーツも、大きかった底がさらに伸びて戦闘機体の高さまで持ち上げてくれている。

 

「おお……」

「戦闘機体を仮想的に再現する装置……だったかな。つい最近、導入されたらしい」


 解説する千帆も同様に、戦闘機体を形作るホログラムを纏っていた。

 そして、脱力した姿勢から構えを取る。


「お前、実戦経験は何回かこなしてるみたいだけど、まだまだだろ? 色々教えてやるよ」


 彼女の姿を見た叶瀬も、同じく構えを取った。

 彼女の言う通り、叶瀬は実戦経験こそあれど戦闘にはまだ慣れていない。

 『駆除班』として幾体ものレギニカを相手してきた千帆に教えてもらえるのは、ありがたいことだ。


「はい。お願いします」

「不本意ながら、『教育係』だからな。あたしの足を引っ張らない程度には、戦えるようにしてやる」


 潔い叶瀬の返事に、千帆は口の端を持ち上げる。

 こうして、美優や烏賊田の手伝いと並行して、合間に千帆と特訓をするという日々が始まった。

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