第35話 反撃

 ばんっ!

 勢いよく開かれた扉に、事務所内にいた美優がぎょっとした顔を向ける。

 扉の向こうに立っていた叶瀬を見て、安堵と疑問とが混じり合った複雑な表情に変貌した。


「あれ? 今日は休みだって、さっき病院で伝え忘れてたっけ……」

「いえ。話があって来ました」


 美優の言葉へ首を横に振った後、叶瀬は病院で思い付いた仮説を話し始めた。

 カブラギが人とレギニカとを融合した存在であれば、テッカー症を解決する糸口になるのではないか……ということを。

 

「なるほどね~……」


 一通り聞いた美優は腕を組み、納得したようにうんうんと頷いていた。

 しかしその姿に、驚きや感心の感情は無い。

 代わりに、ニヤリとした不敵な笑みが返された。


「けど、残念だったわね」

「えっ」


 思いがけない反応に固まった叶瀬へ、美優はその表情のわけを口にする。

 

「心配しなくても、その仮説に基づいた作戦は、既に計画されているのよ! 大人を甘く見るなよ~?」


 人類は、叶瀬なんかが思い及ぶよりもはるかにしたたかで、そして心強い存在だったのだ。




 美優に連れられ、叶瀬と千帆はSROFAの建物内にある『総合会議室』へ訪れる。

 扉を開けると、そこには烏賊田をはじめとした多数の職員が集まっていた。

 叶瀬と千帆の姿を確認すると、烏賊田は眉をひそめて美優を見る。


「おいおい、アルバイトには説明しないって……」

「彼らが、進んで志願したのよ。やりたいという気持ちを認めてあげるのも、優しさよ?」

「やらせてください。お願いします」


 深く頭を下げた叶瀬に、千帆も小さく頭を下げて「私も」と口にした。

 困ったように頭を掻いていた烏賊田だったが、やがて鼻から深い息を吐き出しつつ頷く。

 

「……わかった。じゃあ、教えてやる。『カブラギを捕まえて侵攻阻止』作戦をな」

「なんか長いしダサくない?」

「変にカッコつけた名前の方が嫌だろ。いいからよく聞け」


 美優からの野次を弾き返しながら、烏賊田は作戦の概要を語った。

 作戦名の通り、この作戦の目標は2つある。

 『カブラギを捕まえること』と、『侵攻を阻止すること』だ。

 だが奴の船がこちらへ来てからでは、手遅れもしくは甚大な被害を被る可能性が高い。


「なので、奴がこの星の重力圏へ到達する前に、こちらから攻め込む」

「どうやって……?」

「昨日行った、星帯侵攻軍の本拠地あるだろ。ありゃあ、巨大な宇宙船だ。そしてダスポポ達の中に、アレを操縦できる奴がいる」


 烏賊田はそう言うと、嬉しそうに口の端を持ち上げた。


「あの船に乗って、奴の船へ攻め込むんだ。今、大急ぎで内部の改修を手配してる」


 乗り込む手段は分かった。

 次は……『乗り込んだ後』の作戦である。


「中がどうなってるかは、ダスポポたちにも分からないらしい。臨機応変に対応してほしいが、最終目標は2つだ」


 指で『2』の形を作ると、その2つの目標を告げた。


「『カブラギを捕まえること』そして、『船を爆破すること』」

「船を……爆破する……」


 叶瀬の反芻にうむと頷き、烏賊田は手元の端末を操作し始める。

 机にある埋め込み式の液晶が反応し、四角くて銀色の、妙な機械の写真が現れた。


「こいつはフラムナトたちが作ってくれた、特殊な爆弾だ。戦闘機体の手で握り潰せるぐらい小さいが、その威力は桁違い。1個で、大型ビルを真っ二つにできるだけの破壊力がある」

「これで、カブラギの船を?」


 千帆の言葉へ答える代わりに、烏賊田は画面をさらに動かして爆弾の個数を表示させる。

 その数、40。

 単純に考えて、大型ビル40個分の爆発だ。

 都市一つを壊滅させられる威力と言ってもいいだろう。


「こいつを船のあちこちに仕掛ける。全部仕掛け終えたタイミングで、一斉に起動。30分のタイマーが作動したのちに爆発する」

「その30分の間に船を脱出して、安全な場所まで避難する。ですよね」


 横から聞こえてきた隊員の言葉へ、烏賊田は指を向けながら頷いた。


「カブラギを捕まえた上で、船を完全に破壊するのが俺達の目標だ」


 そこまで言い切った後、少し俯いて声を落とす。


「だが俺たちも……宇宙へなんて行ったことがない。誰も先が予測できないし、一歩間違えれば命の危険に晒される作戦だ。それでも……本当にやるのか?」


 向けられる烏賊田の鋭い目は、こちらの心を覗き込んでいるようにも、心配しているようにも思えた。

 だが、叶瀬の意思は既に固まっている。


 あの日。

 初めてレギニカに遭遇したあの日、レギニカに襲われて死ぬはずだった自分を、星乃さんが救ってくれた。

 そして笑うこともできない自分の手を引き、色々なことを教えてくれた。

 星乃さんが居たからこそ、今の自分があると言っても過言ではない。

 だから今度は、自分が星乃さんを救う番だ。

 

「やります」


 そう口にした叶瀬の握りこぶしは、固かった。

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