第33話 感染

「レギニカの遺伝子を取り込んだから、コミュニケーションを理解することができたというわけか……」


 烏賊田が納得したように呟いた、その時だった。


「星乃さん!」


 叶瀬の大声が響き、隊員たちは一斉に振り返る。

 彼は、その場で倒れそうになっていた星乃を抱き留めていた。

 抱き留められた星乃は叶瀬を見上げると、元気のない微笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけ……っ」


 言いながらも咳き込んでおり、明らかにぐったりとしていた。

 駆け寄ってきた美優は戦闘機体を解除した後、彼女デバイスを弄って『げるろぼ』も解除し、その額に手を当てる。


「熱が、ある」


 美優の呟きに、全員が嫌な予感を感じ取っていた。




 翌日。

 医務室から出てきた美優が、外で待っていた叶瀬へ告げる。


「悪い予感は的中だった。『テッカー症』よ」

「……!」


 昨日倒れた星乃は、『テッカー症』を患っていた。

 理由は、テュラレイを殺害したから。

 彼に切り刻まれて『げるろぼ』のフィルター機能が弱まってしまった所へ、テュラレイの返り血を浴びて発症してしまったのだ。

 

『感染すると発熱や倦怠感が起こって、重症化して亡くなる例も少なくない』


 叶瀬が初出勤の際、臼河に言われた『テッカー症』の症状を思い出す。

 『テッカー症』は治療方法が未だ確立されておらず、自然治癒の可能性も高くはない。

 そして、運が悪ければ……。

 亡くなってしまう、可能性もある。


「っ!」


 叶瀬は弾かれたように席を立ち上がると、星乃のいる病室へ早足で向かった。

 

 病室の扉が自動で開いた先に、ベッドで横たわる星乃の姿がある。


「いらっしゃい。どうやら『テッカー症』になっちゃったみたいでさぁ……」

「……」


 彼女は明るく振る舞っていたが、叶瀬から見たその姿はどこか痛々しさを感じさせていた。

 叶瀬は無表情のままだったが、内に抱える気持ちが滲み出ていたのか、星乃は窓の外を眺めて口を開く。


「心配いらないよ。治らないと決まったわけでも、死ぬと決まったわけでもない。叶瀬くんを助けられたんだから、このくらいどうってことないよ」

「そう……ですか」

「うん。しばらくは入院しないといけないから……会えなくなるのは寂しいけど。でも星帯侵攻軍は壊滅したから、レギニカはもう現れないだろうし……それに、叶瀬くんはもう、1人でも大丈夫だよ!」

「……そうですね」


 振り返って拳を握った彼女に、叶瀬は何と言えば良いのか分からなかった。

 彼女の言葉だけでは拭い切れない、内にこびり付く不安感を納得させるにはどうすれば良いのか。

 思いつかず、適当な相槌を打って病室を後にしてしまった。


 急ぎの用事があるわけでもないのに、廊下を早足で歩いていく。

 自分を狙うテュラレイを刺したことで、星乃さんは『テッカー症』に感染してしまった。

 彼女に憧れ、彼女のようになりたいと、意気込んでいたのに。

 それどころか、また救われてしまった。

 取返しのつかない病に感染させて。

 そんな自責の念に没頭しながら、角を曲がった。


「わっ」


 周りへ意識が行っていない状態で、曲がり角にいた人とぶつかってしまう。

 顔を上げると、目の前で千帆がこちらを睨みつけていた。


「すみません」

「警戒心が足りねーなぁ」


 軽く文句を垂れた千帆だったが、少し冗談交じりのような……声色に、妙な優しさを感じる。


「……まあいい。ちょうど、お前に用があって来たんだ。ついてこい」

「僕に?」


 彼女は目も合わさずにそう告げると、くるりと反転して来た道を戻っていく。

 わけがわからないまま、叶瀬はその後をひたすら追いかけた。


 病院の待合室に腰かけると、対面に座った千帆は機嫌が悪そうに腕を組んで告げる。

 

「私と、お前でセットにされた」

「どういうことですか?」

「星乃が抜けて『捕獲班』の人間が少ないから、その穴に私が入れって」


 当たり前のように言った千帆だったが、そこには1つの疑問があった。

 レギニカが発生していた原因である地下の施設は、SROFAとフラムナトたちが制圧したはず。

 であれば……。


「もう、レギニカが現れることはないはずでは」

「ん? お前、まだ連絡貰ってないのか」


 叶瀬の言葉に焦ることもなく返した千帆は、手首のデバイスを操作し始める。

 ブゥンと音を立て、デバイスから虚空へ小さなプロジェクターのような画面が展開された。

 そこに載っていた、数時間前の映像を千帆が再生する。

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