第32話 星間飛行

 その不思議なものの正体を、リヴトが口にする。


「あれは……カブラギが我々の星へ来る際に乗っていた、史上初めて星間飛行を達成した飛行機だ」

「あれが……!?」

 

 『カブラギ』とはダスポポが言っていた、レギニカに言葉を教えた人物のことだ。

 レギニカとのコミュニケーションを理解し、そして今現在、レギニカ星帯侵攻軍の総司令官を務めているという人物である。

 烏賊田は飛行機へ指を向けると、リヴトに尋ねてみた。


「少し、調べさせてもらっても?」

「我々は負けたのだ。止める権利などない」

「そうか。潔くて助かる」


 リヴトの返答に肩をすくめると、烏賊田は飛行機へ歩いていく。

 興味があるのか、他の隊員たちも次々と彼の後へついて行った。

 星乃と叶瀬、美優ら『捕獲班』の3人も、流れに乗ってついて行く。

 飛行機の元へ烏賊田が辿り着くと、まるで彼を迎え入れるかのように、流線形の膨らんだ部分に長方形の穴が開いた。


 中を覗き込むと、そこには大量の精密機械が広がっている。

 ごちゃごちゃとしているが、妙なまとまりが感じられる奇妙な空間であった。

 戦闘機体を解除して入り込んだ烏賊田は、機内のデスクに設置されたパソコンを発見する。


「動くか……?」


 恐る恐る電源ボタンを押下してみると、羽音のような音を鳴らしてパソコンが起動した。

 モニターがパッと光を放ったことで、後ろにいた隊員たちも反射的に顔を近付ける。

 パソコン内のデータはほとんど消去されていたが、1つだけファイルが残されていた。


「壊れているみたいだな……復元できるか?」

「やってみます」


 近くに立っていた隊員が烏賊田と代わり、キーボードを操作し始める。

 しばらくして、ファイルの起動に成功した。

 ファイルの中には、おびただしい数の動画が詰め込まれている。

 どの動画にも共通して、表示されている静止画には1人の人間の上半身が映っていた。

 針金のように細いフレームの丸眼鏡をかけ、白衣を羽織った中年男性である。

 その男性の顔を見た樋口が、他の隊員を押し退けてパソコンの前へやってきた。


「こいつ……」


 食い入るように画面内の男性を観察すると、彼は確信を込めた声色で呟く。


「カブラギ……そうだ、思い出した。カブラギ! こいつは生物研究をしていた奴っす。確か……生物実験の倫理的問題がどうとかで、研究所を追い出された奴ですよ」


 そう言った樋口はパソコンを操作して、数ある動画の1つを再生してみた。

 画面内の男……カブラギは、カメラに向かってビデオブログのように話し始める。


「12月28日。あの謎の生物のことは未だによく分かっていない……。だが先ほど、抽出した血液をマウスに投与してみたんだ。これを見てくれ」


 そう言ってカメラの前へ提示したのは、ガラスケースに入れられたマウスであった。

 だが少し、様子がおかしい。

 顔面部分に、まるでしわのように大量の血管が浮かび上がっているのである。


「顔面の血管が異様に膨らんでいる。体温も上がっているようだ。もしかすると、血液循環が促進されているのかもしれない。別の個体で試したいが……マウスは全員、使い物にならなくなっている。明日、色々な生き物を仕入れて実験するとしよう」


 動画の正体は、カブラギの実験記録であった。

 樋口はマウスを操作して、今度は最新の動画を再生する。


「1月2日。成功だ……成功した! 謎の生物から抽出した遺伝子を、モルモットの遺伝子の41%と交換してみたんだ。すると、こうなった」


 嬉々として話すカブラギが画面へ見せてきたものに、一同の表情はとげとげしいものとなった。

 カブラギが出したのは、ガラスケースに入れられたモルモット。

 否――モルモットと呼んでも良いのか分からないほどの、異形の化け物であった。

 毛は抜け落ち、限りなく青に近い青白の肌があらわになっている。

 充血した眼球は今にも飛び出しそうなほどで、背中から生える一対の糸のようなものが、ゆらゆらと触角のように揺れていた。


「モルモットと謎の生物との、完全なハイブリッドだ! 遺伝子の交換から7時間が経過しているが、拒絶反応も発生せず、バイタルも安定している。私の研究は無駄では無かった! 『生物同士の遺伝子合成』は、成し遂げられたのだ!」


 高らかに舞い上がるカブラギとは対称的に、それを見る隊員たちは静まり返っている。

 ひとしきり笑ったあと、カブラギは襲いかかるようにカメラを鷲掴んだ。


「次は……人間との合成を、試してみるとしよう!!」


 彼が引きつった笑顔でそう宣言すると共に、映像が終了する。

 一同には、動揺が広がっていた。


「人間と他生物との……合成……!?」

「これが最後の映像、っすね」


 これより先の映像は作られていなかったが、結末は容易に推測できる。

 彼は人と他生物との合成を宣言し、今となってはレギニカ星帯侵攻軍の総司令官だと聞いた。

 すなわち、彼は自分自身を実験台とし……そして、成功したのだろう。

 『人』と謎の生物……『レギニカ』との遺伝子を、合成させることに。

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