第31話 星乃と千帆

 別行動を取っていたフラムナトが、仲間たちと共に駆け付けてくれたのである。

 彼はリヴトの攻撃を抑えながら、気迫のこもった表情で叶瀬に叫んだ。


「『ファーザー』を!!」

「っ! ……はい!」


 フラムナトの言葉を受けた叶瀬は、星乃と共に再び『ファーザー』の元へ駆け付ける。


「させるかァッ!!」


 リヴトが振り返って妨害しようとするも、脚へフラムナトらによる攻撃を受け、その巨体を大きく崩した。

 背後から地響きを感じる中、叶瀬は操作画面に向き合う。

 だが、やはり停止方法が分からない。

 

「壊そう! それしかないよ」

「そう、ですね……!」

 

 操作方法が分からないなら、物理的に破壊するしかない。

 星乃の提案に乗った叶瀬は、彼女の「いくよ……!」という掛け声に合わせて拳を振りかぶった。

 同じタイミングで、星乃も『げるろぼ』の拳を振り上げる。

 そして。


「今っ!」

 

 2人同時に、操作画面をぶん殴った。

 叩き付けられた拳が深くめり込み、そこを中心に大きな亀裂が広がる。

 

 ばつん。


 その瞬間、ブレーカーの落ちるような音が響いた。

 同時に、静寂が訪れる。

 そう、クローンが大量にいたはずの外から、静寂が。


「うおおおおおおおおーーーっ!!!」


 次の瞬間、部屋の外から『駆除班』達による歓声が溢れた。

 覗いてみると、クローンレギニカは全員、魂を抜かれたように床へ伏している。

 息が残っている個体も、体の制御を失ったように倒れている。

 その光景を見た星乃が、徐々に笑顔を取り戻し始めた。


「止ま、った……!」


 『駆除班』の犠牲者はゼロ。

 流石、といったところであった。

 対するリヴトは、先ほどまでの激しい気迫を消失させ、ぐったりと馬の脚を折っている。

 

「ああ、止まったよ」


 ため息交じりに、彼は呟いた。

 

「えらく潔いですね?」

「『ファーザー』が停止した時点で、人数差は大きく逆転した。勝ち目のない戦をするつもりはない」

 

 フラムナトからの言葉に、そう返しながら首を横に振る。

 彼は視線を移すと、既にこと切れているテュラレイの死体を見た。

 その後、SROFA隊員やフラムナト達に1つの頼みごとをする。


「無理を承知で頼みたい。散ってしまった仲間たちを、弔わせてはくれないだろうか」


 彼はそう言って、深々と頭を下げた。




 烏賊田達3人と合流した一同は、死体を背負うリヴトについて歩いていく。

 フラムナト達が道中で殺害したという2体と合わせて、リヴトは3体の死体を背負っていた。

 無機質な階段を登るリヴトはひたすらに静かで、その背中にはどこか哀愁が漂っている。

 階段を登り切ると、下の階とは打って変わった景色が広がっていた。


「ここは……」

 

 ただひたすらに、真っ黒な空間。

 暗いわけではなく、黒いのだ。

 そのあまりの黒さに、立っている感覚さえ分からなくなってくる。

 そんな黒い空間の中に、いくつかの白い柱のようなものが立っていた。

 リヴトはその近くへ歩みを寄せると、おもむろに屈んでレギニカの死体を降ろしていく。

 彼の行動を不思議そうに眺める隊員達へ、ダスポポが小声で解説してくれた。


「厳密には少し違うのですが……墓場、のようなものです。白いのが、墓標の役割ですな」

 

 墓場、か。

 レギニカにも宗教のような概念が存在するということに、少しだけ驚いてしまう。


 2体のレギニカの弔いが終わり、最後にテュラレイの死体が降ろされた。

 彼の死体を見た星乃が、目を大きく見開いて硬直する。

 テュラレイを刺してしまった時、彼女は見たこともないほど動揺していた。

 改めて死体を見たことで、その時の感覚を思い出してしまったのだろう。

 何か、言葉をかけなければ。

 そう思って彼女に歩を進めた叶瀬だったが、別の戦闘機体に割り込まれてしまった。


「……はあ。レギニカ1匹殺したくらいで、オロオロしてんじゃねぇよ」


 割り込んできた戦闘機体から聞こえるのは、千帆の声。

 彼女は星乃の隣で腕を組むと、静かに語り始めた。


「私たち『駆除班』は、今まで大勢のレギニカを殺してきた。クローンだと判明はしたが……生物を殺めたという事実は、一緒だ。お前だけの責任じゃねえよ。何だったら、同族を殺してるあそこの奴らの方が業が深い」

「だけど……」

「テュラレイは大勢の命を危険に晒したんだ。助けるべきでない奴だって、時にはいる。それは……人間も同じだろ」


 諭すような千帆の主張に、星乃は口をつぐんでしまう。

 だが開いていた瞳孔は元に戻り、顔つきも緩やかになっていた。

 しばらく下を向いていた彼女が、フッとわざとらしく笑って顔を上げる。


「まさか、千帆に励まされるなんてね~。ヘンなものでも、食べた?」

「お前っ……さっきまでウジウジしてたから、親切にしてやったのに!」


 嫌味で返されてしまったことに、千帆は思わず抗議した。

 彼女の反応にひとしきり笑った後、星乃は唐突に真面目な微笑みへ表情を変える。

 

「……でも、ありがとね。ちょっと元気出た」

「それは、どうも……」


 急に純真な感謝を向けられ、面食らった千帆は誤魔化すようにそっぽを向いた。

 顔を逸らした先で、他の隊員たちが何かを見ていることに気付く。


「あれは何だ?」


 隊員の一人が、遠くを指しながらリヴトに尋ねていた。

 指の向く方角を追いかけると、真っ黒な空間の先に、くすんだ銀色の物体が佇んでいる。

 軽自動車よりも少し大きいくらいのサイズをした、流線型の奇妙な物体であった。

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