第30話 刺殺

 放たれた逆さ袈裟斬りを、星乃は上体を反らすことで回避し、テュラレイの頭を掴んで反対側の拳を腹部に叩き込んだ。

 しかし肘打ちを返され手を解いてしまい、振り向きざまに放たれた横一文字の剣がゲル状の鎧を裂く。

 『げるろぼ』の体が、その綺麗な断面を露わにしていた。

 あと数センチ深ければ、星乃の腹は裂けていただろう。

 汗をたらりと流し、星乃はファイティングポーズを取って次なる攻撃に備える。

 ……と、そんな時だった。

 

「厄介なものですねぇ、その腕」


 側方。

 美優のいる場所から、高く気怠げな声が聞こえてくる。

 一瞬だけ視線を向けると、声の主は美優と対峙しているレギニカであると気付いた。

 

「っ……!?」

「おや。今更気付きましたか」


 目を見開いて動揺する星乃へ、両腕を大きく開いたテュラレイが丁寧に教えてくれる。


「ここにいる私たち3名は、クローンではない。『本物の』レギニカなのですよ」


 人の言葉を話し、そしてクローンよりも圧倒的に強い。

 クローンレギニカの複製元である、『本物』であることを。

 

「しゃあっ!」


 それだけを説明し終えると、テュラレイは再び星乃へ襲いかかった。

 星乃は彼の剣から距離を取りながら、腕から捕獲ワイヤーを射出していく。

 しかし、狙いの定まらないワイヤーは当たっても上手く拘束してくれない。

 拘束を諦めた星乃は飛び込んできたテュラレイの剣を転がって回避し、その腹部へタックルを仕掛けた。

 どむぅん! という音が響くのと同時に、テュラレイの体が後退していく。

 

 だが、それだけであった。


 『げるろぼ』によるタックルを受けても、テュラレイはバランスを崩すことが無かったのである。

 横綱の如き体幹でタックルを受け止めたテュラレイは、蹴りで突き返したのちに踏み込んで剣を斬り上げた。


「やばいっ……」


 蹴りによってバランスを崩していた星乃は、テュラレイの剣を避けることができない。

 そして『げるろぼ』では、彼の斬撃を受け止めることができない。

 逃れられぬ危険を察知してしまった、その時だった。


「っ!」


 突如として側方から何かが襲いかかり、テュラレイは攻撃を中止しガードを余儀なくされる。

 弾かれて床に落ちたそれは、先端の太い刀のような形をした、ピンク色の武器であった。


「はあ、はあ……」

 

 飛んできた方向を見ると、レギニカを押さえ付ける美優が顔部と補助アームだけをこちらに向けている。

 レギニカから武器を奪い、補助アームを使ってこちらに投げ付けてきたのだ。


「星乃! それ、使って!」

「……ありがと!」


 美優に礼を述べつつ、テュラレイの斬撃を転がって回避する。

 その勢いのまま飛び込むように、床に落ちたピンク色の刀を手に取った。

 片膝を立てて上半身を振り返らせ、振り下ろされた剣を刀で受け止める。

 キュウンという、金属とはまた違った奇妙な音が響いた。

 刀を払って弾き返した後、中段の構えを取って牽制する。


「はあ、はあ、はあ……」


 だが徐々に、しかしながら確実に、星乃達は消耗していた。

 対するテュラレイ達は、まだ余力を残しているように見える。

 

 力では、こいつらには勝てない。

 叶瀬は鎧のレギニカによって床へ押さえ付けられながら、直感的にそう判断した。

 だが決して、勝てなくなったっていい。

 なぜなら僕たちは『捕獲班』だから……!


「はあぁっ!」


 叶瀬は戦闘機体から勢いよく冷気を吐き出し、自身の腕を掴んでいたレギニカの手を退けた。

 レギニカを振り落としつつ立ち上がると、『ファーザー』に向かって走り出す。

 だが背部装甲を掴まれ、振り返った先でレギニカの拳が襲いかかった。

 頭部をかすめながらも何とか回避し、掴み返して頭突きを放つ。


「ぐっ……」


 鎧のレギニカは怯んだものの、装甲を掴む手は離していない。

 ぐっと、その手に力が入ったのを感じた。


「っ……!」

「ふん!」

 

 レギニカは大きく反対側へ振りかぶると、叶瀬をドッジボールのようにぶん投げる。

 陥没するほどの勢いで壁に叩き付けられ、叶瀬はぐったりと床に倒れ込んでしまった。

 ニイと口角を上げたレギニカが、助走をつけて叶瀬に飛びかかる。


「死ね!」


 両手を広げ、全身で彼に食らい付こうとした、その時だった。


「!?」

 

 倒れていた叶瀬が急に上半身を起き上がらせて、飛びかかってきたレギニカに拳を向ける。

 手首部分が細かく駆動し、銃口のようなものが出現していた。

 

 ばしゅうっ!


 ガスの抜ける音が鳴り、銃口からネット型の拘束弾が射出される。

 ネットは真正面から飛びかかってきたレギニカに見事命中し、勢いよくその体に巻き付いた。

 空中でバランスを崩したレギニカは、叶瀬の前へ崩れるように落下する。

 もがけばもがくほど網は絡まり、レギニカは出られそうにない。


「……」


 心拍が早まる中、一瞬だけ静寂が走った。

 そして、次の瞬間。


「ッ!!」


 叶瀬が床を蹴って走り出す。

 鎧のレギニカは網で拘束されており、上手く追いかける事ができない。


「なにっ!」


 異変に気付いたテュラレイが、星乃を置いて叶瀬を追う。

 そしてそのテュラレイを、追わせまいと星乃が追いかけた。


 部屋の奥へ一直線に走り、叶瀬は『ファーザー』の元へ辿り着く。

 だがしかし、すぐ後ろにテュラレイが迫っていた。

 必死になって走っていた叶瀬は、それに気付くことができず。

 振り返った時には既に、首元へ刺突が放たれていた。

 距離、わずか数センチメートル。

 避けられるものではなかった。


「駄目ーーーーーっっっ!!!」


 突然。

 星乃の叫び声と共に、肉の潰れるような音が響く。

 すぐそこまで迫っていたテュラレイの刃が、叶瀬を貫くことは無かった。

 代わりに。

 テュラレイの胸元から、ピンク色の刀が突き出していた。


「……ッ!」


 背中から、突き刺されたのである。

 彼の背後を追っていた、星乃によって。


「あ……あぁ……」


 突き刺した張本人である星乃は、見たこともないほどの動揺を顔に浮かべ、よろよろと後ずさった。

 彼女の手と連動して、『げるろぼ』が小刻みに震えている。

 刺されたテュラレイは大量の血液を胸元から溢れさせ、静かに崩れ落ちた。

 その4つの目からは、既に光が失われている。


「違っ……。私は、叶瀬くんを……」


 助けようと、して。

 無意識にテュラレイを、刺し殺してしまったのだ。

 血のこびりついた手を開いた瞳孔で見つめる彼女の姿は、恐怖さえ感じてしまうほどであった。


「星乃! しっかりしろ!」


 その時、美優の怒号にも似た叫び声が飛び込んでくる。

 彼女の声に正気を取り戻したのか、星乃はハッと息を呑み込んだ。

 同じく叶瀬も、星乃へ釘付けになってしまっていた視界が再び開けるような感覚を覚える。

 そして、本来の目的を思い出した。


「『ファーザー』を、止めないと!」


 目の前にそびえる巨大な機械……『ファーザー』の操作画面に顔を近付ける。

 だが書いている内容がまるで理解できず、どうすれば停止するか分からなかった。

 片っ端からボタンを押してみるが、止まる気配はない。

 行き詰まって立ち往生していた、その時だった。


 ぼがぁ!


「!?」


 爆音が鳴り響き、側方の壁が勢いよく崩落する。

 壁の向こうから瓦礫を纏って、巨大な影が現れた。

 大きな体躯に馬のような下半身を持つ、レギニカに似て非なる存在。


「思い通りにはさせんぞ……!」


 壁を突き破って現れたのは、リヴトであった。

 リヴトは現れた勢いのまま、その手に持つピンク色の薙刀を振り放つ。

 直撃した叶瀬は前回と同様、紙屑のように吹き飛ばされてしまった。

 何とか斬撃を回避した星乃であったが、彼女の視界が一気に影に覆われる。


「っ!?」

 

 見上げると、リヴトが馬の前脚を大きく振り上げていた。


「きゃあっ……!」


 床がひび割れる威力で脚を叩き付けられ、星乃は思い切り突き飛ばされてしまう。

 ようやく、『ファーザー』の元へ辿り着くことができたというのに。

 突如として現れたリヴトの姿に、叶瀬たちは絶望してしまいそうになる。


「死ねい……!」

 

 リヴトは体を大きくひねると、手に持っていたピンク色の薙刀を高々と振りかぶった。

 空気がぶわりと、振り上げられた薙刀に吸い込まれる。

 そして、叶瀬たちに向かって思い切り薙ぎ払った。


「――――っ!!」


 だが、しかし。


 キュウウンッ!!

 振り抜かれた薙刀が直撃することは無く、代わりに奇妙な音が鳴り響いた。

 反射的に瞑っていた目を薄ら開いてみると、リヴトの薙刀を食い止める複数の影がある。

 戦闘機体にも匹敵する大きさの、青く滑らかな肉体。

 そして、手に持つピンク色の武器。


「お待たせしました!」

 

 リヴトの攻撃を止め、こちらへ振り返ったのは、フラムナトだった。

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