第28話 毒ガス
轟音が遠くから、波のように迫ってくる。
やがて廊下の向こう側から、クローンと思しきレギニカたちが大挙して押し寄せてきた。
叫び声を上げながらこちらへ走ってくる様は、常人であれば絶望してしまうような状況だろう。
だが彼らは『駆除班』の精鋭だ。
「樋口ッ!」
烏賊田の合図と同時に、樋口が前へ出る。
戦闘機体の胸部に付けられている、小さなボンベの栓を思い切りひねった。
ガスが戦闘機体内を循環し始め、手首部分からトリガー型のスイッチが現れる。
樋口はそれを強く握りしめると、徐々に迫ってくるレギニカの大群を見た。
10メートル。
7メートル。
4メートル。
先頭のレギニカが長い腕を振りかぶった、その瞬間。
「毒ガス、放射ァ!」
そう言ってトリガーを強く引き、戦闘機体のあちこちから緑色のガスを放出した。
もくもくと拡散していくガスを、突っ込んでくるレギニカたちが思い切り吸引する。
すると奴らの眼が瞬時に血走り、脱力したように倒れていった。
他のレギニカが倒れた体を乗り越えてくるも、同様に緑色のガスを吸い込んで倒れていく。
毒ガス攻撃。フィルター機能を搭載している、戦闘機体だからこそできる戦術だ。
「ここじゃ民間人もいないし、心配しなくていいな!」
樋口を見て楽しそうに声を上げた烏賊田は、郡山と共に反対側から来るレギニカに備える。
郡山は前腕部から砲身を展開して構えを取り、発砲を開始した。
物々しい音の連打と共に次々と放たれる、直径30ミリの弾丸がレギニカたちを貫いていく。
「おらぁ!」
郡山の弾丸では倒し切れなかった個体は、烏賊田の凄まじいパワーによってトドメを刺していった。
前方は樋口の毒ガスが、後方は烏賊田と郡山のコンビネーションが。
普段『捕獲班』が時間をかけて無力化していたレギニカを、彼らはまるで紙を破くかのような軽さで殺害していた。
クローンレギニカの大群が全て1階へ降りたのを確認して、迷彩を解除した叶瀬たちの部隊は2階へ登る。
向こうからは見えないと言われてはいたが、目の前を大量のレギニカが通っていくさまは生きた心地がしなかった。
皆、胸に手を当てて深呼吸したり、二の腕を擦ったりと落ち着かない。
星乃も同様で、叶瀬の隣で深呼吸をしていた。
「はぁ~~~すっごいドキドキした。まだ手が震えてるよ、ほら」
「本当、怖かったです」
初めてレギニカに襲われた時のことを思い出す。
他人事だと思っていた存在が目の前に現れ、本能が警鐘を鳴らしているにも関わらず、立ちすくんでいたあの時の感覚を。
そんな感覚を思い出すほどの大群を、烏賊田たちはたった3人で相手しているのだ。
対峙する恐ろしさは、計り知れないだろう。
「行きましょう」
早く、決着を付けなければ。
焦燥感に駆られながら、叶瀬たちは廊下を進んでいった。
歩いていく道中で、誰かが突然指を差す。
「あれ!」
その先には廊下から分岐した、1つの部屋があった。
中を覗き込むと、立派な講堂のように広く真っ白な空間が広がっている。
部屋内には、よく分からない機械が立ち並んでいた。
チューブが沢山繋がった、黒く巨大で卵のような形をした機械である。
僅かな駆動音を響かせているその機械群の向こうに、奥へ続く扉が鎮座していた。
「これは一体……」
隊員の一人が機械へ近付き、半透明になっている表面へ顔を近付ける。
中を覗き込んだ隊員の表情が、一気に怖気で染め上げられた。
中には、レギニカが入っていたのである。
「っ!」
次の瞬間、ばかん! と機械の前面が跳ね上がり、前に立っていた隊員が思い切り吹き飛ばされた。
気付けば他の機械も、同じように開いている。
「……!」
機械の中からぬらりと大きな手が現れ、機械の端を掴んだ。
それに続いて、中に入っていたレギニカが顔を出す。
他の機械からも同様に、レギニカが姿を現していた。
それを見た隊員達は一斉にデバイスを起動し、戦闘機体を装備して臨戦態勢を取る。
「これが、例のクローン装置……?」
「ぽいね。ってことは、あの先に『ファーザー』があるのかな」
戦闘機体を纏いながら呟いた叶瀬へ、『げるろぼ』を纏った星乃が頷いた。
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