第26話 潜入

 彼の発した言葉により、洞窟内は一気に静まり返る。

 しばらくの静寂が走った後、止まった空間を星乃が動かし始める。


「なんで……?」


 ぽつりと出された一言は、彼女の心に渦巻く疑問を余すことなく表現していた。

 フラムナトは首を、静かに横へ振る。

 

「理由は分かりません……。そそのかされたのか、それとも自分の意思で選んだのか……」

「そりゃあテュラレイも、回答を避けるわけね……」


 後方から、納得したような美優の声が聞こえてきた。


「とにかく、カブラギを止めることが我々の最終目標というわけなのだ」

「カブラギ?」

「その人間の名前です」


 ダスポポが発した知らぬ名前に首を傾げたが、フラムナトは言っていた"彼"の名前であるとすぐに説明してくれる。

 その名前を聞いた樋口が、眉をひそめて顎に手をやった。


「カブラギ……どっかで聞いたような」

「樋口さんって、研究職からこちらへ来たんですよね? もしかしたら、そこの関係者なのでは」

「かもしれないっすねぇ」


 樋口の呟きに後輩隊員が推察を挟み、彼はさらにうんうんと唸る。

 その姿を、星乃が驚愕の表情で見上げた。


「え、樋口さんって研究職だったんですか!?」


 今は戦闘機体に覆われているが、先ほど見た樋口の格好は、モヒカン刈りに黒革のジャケットという、到底研究者とは程遠い姿をしていたはず。

 言うなれば、一時代前のパンク・ロッカーのような格好で、研究者と呼ばれる職から想起されるイメージとは真逆であった。


「そうっすよ。植物の研究をちょろっとだけ。研究者繋がりで、ここへ来たって感じっすね」

「環境を破壊する側の格好じゃないですかぁ……」


 あっさりと認めた樋口に、星乃は呆然と突っ込みを入れる。

 不穏だった空気が少しだけ和らいだ所で、先を歩いていた誰かの声が聞こえてきた。


「おい、あれか!?」


 よく響いたその声に反応し、一同は小走りで先へ向かう。

 緩やかな坂を登った先に、なにやら不思議なものを発見した。

 洞窟の先を隙間無く塞ぐ、淡いピンク色をした壁である。


「これが先ほど述べた、レギニカだけが通れる通路です」

「なんか……すごいわね……」

 

 肉のように柔らかな質感をしており、生き物の内臓のようで不気味だった。

 これを通れば、いよいよ星帯侵攻軍の本拠地へ辿り着く。

 改めてそれを実感し始めた叶瀬は、途端に足を踏み出すのが恐ろしくなった。


 もう、戻れないかもしれない。

 自分が元いた、何気ない日常へ。

 真っ先に思い出したのは、星乃との日常であった。

 『SROFA』で共にアルバイトをし、靴を買ってもらい、一緒に映画を見に行った、そんな日々を。


「……」

 

 ふと、星乃を見た。

 ピンク色の壁を睨む彼女は、真剣で……。


「!」


 星乃を見ていると、彼女もこちらを向き、戦闘機体越しに目が合った。

 叶瀬が自分を見ていたことに気付いた星乃は、息を吐きながらえへへと空笑う。


「なんか、緊張するねぇ」

「僕も、同じです。戻れなくなるかもしれないと思うと……」


 星乃へ同調するように、自身の感情を吐き出した。

 ここに来て、不安でいっぱいだと。

 そんな叶瀬の言葉を聞いた星乃は、目の前の壁を見上げながら呟いた。


「昔の探検家達も、同じ気持ちだったのかなぁ」


 未踏の地へ、先の見えない世界へ足を踏み入れるという行為は、いつだって不安だらけである。

 彼女はそんな気持ちへ、「でも」と言葉を繋いだ。


「昔の探検家達がいたからこそ、今日の生活がある。未知の世界にはずっと、希望を切り開くために踏み入ってきたんだよ。 私はこの先が……いつしかテッカー症が無くなる明るい世界に繋がっているんだって、信じてる」


 まるで自分にも言い聞かせるかのように、強く言い終える。

 そして、叶瀬の方へ向き直った。


「だから私は……頑張りたい。 叶瀬くんは?」


 こちらを見る星乃の目は、ただただ真っ直ぐである。

 凄いなぁ。

 叶瀬は彼女の目を見て、純粋にそう思った。

 

 彼女はいつだって、前を向いている。

 彼女のような人間になりたいと、叶瀬は無意識に憧れを抱いていた。

 けれど、今のやり取りだけで憧れまではまだ遠いことを実感してしまう。

 だから。凄いなぁ、と思ったのだ。


「行きましょう」


 星乃の熱弁を聞いた叶瀬は、差し出された『げるろぼ』の手を軽快に叩く。


「よぉーし! やるかぁ!」

 

 その反応にニッコリと笑顔を見せた星乃は、仁王立ちをして彼方へ指を差した。


「では、入ります。準備はいいですか?」

 

 レギニカの1体が言いながら、ピンク色の壁へ歩み寄る。

 彼が指を触れた途端、壁は裂けるように左右へ開いた。

 通り抜けたレギニカが『早く通れ!』と言わんばかりにジェスチャーし、隊員が急いで通り抜けていく。

 他のレギニカ達も入り混じり、全員が壁を通り抜けた。


 「うわぁ……」


 壁を抜けた先で見た景色に、星乃が驚嘆の声を上げる。

 先にあったのは、見上げるほど巨大な建造物であった。

 肉のような質感をしていた先ほどの壁とは打って変わり、銀色の金属を思わせる素材でできている。

 縦に伸びる筒状の形で、例えるなら……ロケットのようだった。


「開きました。入りましょう」


 SROFAの隊員達が建造物を見上げているうちに、フラムナトの声が聞こえてくる。

 見ると、彼らレギニカが何やら道具を使って建造物に穴を開けていた。

 何体かのレギニカが穴を通って建物内へ入るのに続き、烏賊田が足を踏み入れる。

 戦闘機体の足が床に触れた、その時だった。


 カキッ。

 カキッ。


「!」


 突然、何かをカウントするような音が鳴り始める。

 鳴り続ける音に不穏な気配を察知し、烏賊田はすぐさま足を引っ込めて外へ戻った。

 すると、音は鳴らなくなる。


「……何かが、仕掛けられているな」

「我々には反応しないようです」


 烏賊田が踏んだ場所を踏みながら、1体のレギニカが報告した。

 その様子を睨んでいた烏賊田が、あることに気付く。


「俺が踏んだ時、床が若干沈んでいた気がする。……もしかして、『重さ』か?」


 予想するや否や、彼は迷うことなく戦闘機体を解除した。

 そしてもう一度、穴を通って床を踏む。


 ……。


「やっぱり」


 音は鳴らなかった。

 戦闘機体の重さには反応するが、人間の体重には反応しないようである。

 戦闘機体を解除した状態であれば、フラムナトらと同じ条件になるということだ。


「戦闘機体を解除して入れば、反応しないらしい。解除して入るしかないな」

 

 指示を出した烏賊田だったが、そこには1つの問題点がある。

 大きな戦闘機体の手を上げ、樋口がそれを指摘した。


「フラムナトさん達と一緒に行動すれば、感染の恐れがあるのでは?」


 そう。

 フラムナトたちもレギニカで、テッカー症を発症させるウイルスを持っている。

 フィルター機能を搭載している戦闘機体を解除してしまえば、感染の恐れがあるのだ。

 距離を取って感染を避けることもできるだろうが、何が起こるか分からない建物内で、常に距離を保てる保証はない。

 烏賊田はうーんとしばらく考えた後、眉間にしわを寄せて呟いた。

 

「人とレギニカとで、別れて行動しよう。どのみち、見つかれば危険なのは同じだしな。……フラムナト。こいつをやる」


 そう言ってフラムナトに、通信機を投げ渡す。

 レギニカたちは不安げに彼らを見ていたが、やがて納得したように小さく頷いた。

 代わりに、手のひらサイズの機械を2つ渡してくれる。


「『蒸気式迷彩装置』です。起動すれば特殊な蒸気が発生して、それが周囲を覆って姿を認識できなくしてくれます。クローンレギニカはこれを認識できないので、もし出会った時は使ってください。もう1つは、予備です」

「こんなものもあるのか。助かる」


 解説を終え、フラムナトたちは建物内へ入っていった。

 レギニカがいなくなったところで、隊員たちは戦闘機体を解除し、次々と中へ入っていく。

 



 建物内は驚くほど閑散としていた。

 白と黒で構成された無機質な廊下が、どこまでも続いている。

 そんな中を、烏賊田たち『SROFA』隊員たちは徒歩で歩いていた。


「さっきの音が出るものは、警報装置か何かだったんですかね?」

「っすかねぇ。あんなものを設置しているってことは、音が出ない限りレギニカとは出くわしにくいのかも。個体数も少ないらしいですし」


 隊員と樋口の会話が聞こえてくる。

 とはいえ、どこにレギニカが潜んでいるか分からない場所を、丸腰で歩くのは不安だ。

 叶瀬は無表情の下で、ホラー映画の静かなシーンを見ているような緊張を抱く。

 落ち着かない状態のまましばらく歩いていると、分かれ道へ到達した。

 烏賊田が通信機を通して、フラムナトへ声をかける。


「フラムナト。『ファーザー』とやらは、どこにあるんだ?」

「今いる場所が1階で、『ファーザー』は2階のどこかにあります。2階へ続く階段の場所までは……すみません」

「なるほど。階段が見つかるかどうかは運次第ってわけか」


 フラムナトからの申し訳なさそうな返事を受けて、小刻みに頷いた烏賊田は隊員たちへ指示を出した。


「ようし。ここからまた、2手に分かれるか。樋口と郡山こおりやまは、俺と一緒にこっちへ行くぞ。残りの人は、そっちを探索してくれ。迷彩装置は、1つずつ持っておこう」


 そう言って樋口と、郡山と呼ばれた隊員とを引き連れ、右の通路へ歩いていく。

 残された7人の隊員たちは、その反対側である左の通路を行くことにした。

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