第24話 10人

 静まり返った一同から注目を受け、叶瀬はゆっくりと自身の考えを述べる。


「レギニカは人を襲うし病原体は振り撒くし……おまけに人の言葉を使って、善意を踏みにじるような最低な奴らです。正直……彼らを100%信じているかと言われれば、そうではないです」


 その気持ちは変わらない。

 なのに叶瀬が名乗り出たのは……隣で呆然としている、星乃のためであった。

 

 彼女はテュラレイを生かしたことで、人類を危機に陥れてしまったという罪悪感が残っている。

 だから代わりに……名乗り出た。

 『何かあった時、叶瀬くんの助けが必要になるかもしれない。その時は……頼ってもいい?』と、彼女が言っていたから。

 罪悪感で足を踏み出せない、彼女の代わりにだ。


 『もし彼らの行動原理を理解することができて、それで……彼らが振り撒くテッカー症を抑える方法が確立されたとしたら。私たちと宇宙生物とで、一緒に暮らせる日が来るかもしれない! そんな未来があったらちょっとだけ、ステキだなって思うんだよ』


 初めて『捕獲班』として出勤した日の帰り道で、星乃が語っていた言葉を思い出す。

 もしかしたら本当に奴らの罠で、死の危険が迫ってくるかもしれない。

 だが、叶瀬は……。


「ですが1つ言えることは……ここで彼らを信じなければ、人とレギニカとの共存は今後、不可能に近くなってしまうということです」

 

 星乃の語った浪漫ロマンを捨て切ることができなかった。

 人が外の文明と繋がるという前人未到の世界を、叶瀬は『見たい』と思ってしまったのである。

 

「『できるかどうかは分からない』……。『けど、できる方に賭けたい』……! すっかり感化されてしまいました、星乃さんに」

 

 彼女のセリフを思い出して口にしながら、叶瀬は星乃に向かって親指を立てた。

 信じたが故に失ってしまった信用は、信じることで取り戻さねばならない。

 レギニカと共存できる未来が見える方へ、彼は賭けをしたのだ。

 そんな叶瀬の行動に手を引かれたのか、星乃も続けて名乗り出る。


「わ、私も行きたいです!」

 

 後悔したくないから。

 その気持ちを思い出した星乃は、「ありがとう」と言わんばかりに叶瀬へ笑いかけた。

 さらに背後から、強い衝撃が肩を抱く。


「だったら、私も行くわ! 2人が行って、班長が行かないわけにはいかないでしょう?」


 振り返ると、美優が両腕で自身と星乃の肩を抱いていた。

 優しくも力強い彼女の声に、安心感を覚えてしまう。

 そんなやり取りをしていると、架空画面の向こう側から声が飛び出した。


「おいおい、『捕獲班』全員に先越されてるじゃないっすかぁ! 『捕獲班』が根性見せてるのに、『駆除班』が動かねぇでどうするんすか! 俺、参加しますわー!」


 どこか気の抜けたような声と共に、背の高い男が他の隊員を押し退けて現れる。

 竹のような細長いシルエットに、派手に逆立ったモヒカン刈りが特徴的な男性隊員であった。

 その姿を見た烏賊田が、彼を「樋口」と呼ぶ。

 樋口と呼ばれた男と画面越しに目が合うと、彼は頬骨の出張ったおっかない顔から精一杯の笑顔を作った。

 顔は怖いが、気持ちは十分伝わってくる。


「……私も、行きます」


 さらに、近くで立っていた千帆が静かに名乗りを上げた。

 ぱあと笑顔を向ける星乃へ、「勘違いするな」と言わんばかりに舌打ちを放つ。


「上手くいけば、奴らを一気に滅ぼすことができるんでしょ? たとえ罠だったとしても、より多くのレギニカを殺すことができる。私には、メリットしかありません」


 恨みのこもったその考え方は、自分たちと正反対ではあるが、ダスポポの話に乗ろうと決めた点では同じだ。

 星乃に勝ち誇ったようなニヤニヤとした顔を向けられ、千帆は鬱陶しそうに手を払う。

 樋口に続いて彼女まで名乗り出てきたことで、『駆除班』からもまばらに手が上がり始めた。

 徐々に志願者が増え、総数は一瞬で9名に増える。

 その光景を頷きながら眺めていた烏賊田が、「うしっ」と掛け声を入れて足を踏み出した。


「最後は、俺だな」


 当然のようにそう言った烏賊田へ、一同がどよめく。

 烏賊田は今回の作戦の総指揮を担っている身。

 何もかもが分からない最前線へ、行くべき立場ではないからだ。


「何が起こるか分からない場所だからこそ、まとめ役が必要だろう。志願してくれた9人は生贄なんかじゃない。鍵になるかもしれないんだ。それを信じて名乗り出てくれた彼らを、俺は信じる」

「では、私たちは……」

「葛西」


 烏賊田は不満げに歩み寄ってきた女性隊員の肩を掴むと、真っ直ぐな目を向けて尋ねる。


「お前は、俺を信用しているか?」

「えっ……」


 葛西と呼ばれた隊員は一瞬固まった後、口元を引き締めて静かに頷いた。

 「よし」と言った烏賊田は彼女から手を離すと、周囲の隊員、そして画面越しの隊員達を見渡してもう一度尋ねる。


「お前らは、どうだ。俺じゃなくたっていい。名乗り出てくれた9人の中に、信用している奴はいるか?」


 烏賊田の質問に返事は無かったが、隊員達の表情や動きは肯定を示していた。

 彼らの顔を見た烏賊田は、その反応を待っていたと言わんばかりに口を開く。


「たとえこのレギニカたちを信じることができなくたっていい。俺も正直、まだ半信半疑だ。だが俺を含めた、彼の提案に乗った10人を信用しているのなら。この10人が生きて帰れることを、信じて待っていてほしい」


 彼は、葛西へ向き直って謝った。


「葛西。『駆除班』の副班長であるお前に、俺がいない間のここを任せる。負担をかけてすまない」

「謝らないでください。烏賊田さんたちが帰ってこられる場所を、必ず守り通してみせます!」


 葛西は頷いてそう返すと、烏賊田に握手を求めた。

 烏賊田が掴み返し、両者が固い握手を交わす。

 いよいよレギニカ星帯侵攻軍に決着をつけるべく、SROFAとダスポポ達は動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る