第20話 フラムナト

 一方で星乃は、稼働するプリンター型の建築機械や準備に奔走する人々を通り抜けて洞窟の奥へ走っていく。

 ドタドタと転がり込むように、仮設で建てられていた本部へと駆け込んだ。

 

「はあ、はあ、はあ……」


 息を切りながら、ふらふらと人の間を通っていく。

 その先で烏賊田と、彼の前にひざまずくレギニカの姿を見た。

 彼が報告にあった、『言葉を話すレギニカ』なのだろうか。

 まだ危害は加えられていないようで、ひとまず安堵の息を吐く。


「あいつが『喋るレギニカ第2号』だ」

「うわっ!」


 いつの間にか隣に立っていた人物に声をかけられ、星乃は驚いた猫のように飛び退いてしまった。

 自身のいた場所を見てみると、防護服を全身に纏った男性が、気だるげに立っている。


「臼河さん。来てたんだ」


 その人物の名を、星乃は言い当てた。

 安心した星乃の顔を見て、臼河は挨拶代わりに片手を挙げる。

 

「レギニカの住処だぞ? 大量のサンプルが取れるかもしれないんだ。『回収班』は総動員だよ」


 ものぐさにそう話す彼だが、防護服には返り血が、そして片手に謎の臓物を持っているせいで、なかなか言葉が頭へ入ってこない。


「それ……何の部位?」

「ん? ああ。肺の一部だな」

「うえ~、きもちわる……」


 怪訝な顔をする星乃とは正反対に、臼河は軽く答えてみせた。

 そんな2人をレギニカがじっと見ていた事に気が付くと、臼河は申し訳なさそうに臓物を背後へ隠す。

 一段落ついたところで、振り返った烏賊田がレギニカを指しながら、星乃に説明した。


「こいつの名前はフラムナト。レギニカ星帯侵攻軍の反対勢力だそうだ。言っていることが正しかった場合……俺たちの、味方ってことになる」

「はい。疑う気持ちは分かります。ですがどうか、信じて頂きたい」


 先程まで沈黙していた、フラムナトという名前のレギニカが、頭を下げながら口を開いた。

 テュラレイの時にも感じたが、全く異なる生命体であるレギニカが人間の言葉を流暢に喋るその姿は、どこか不思議な感覚を得てしまう。

 しかし、周囲にいる『駆除班』をはじめとした人々の反応は芳しくなかった。

 『駆除班』と思しき若い男性隊員が、遠慮しながらも意見する。


「信じろ、と言われても……。一度それをやったから、こんな状況になってんですよ。私怨もありますが、こいつの話を聞くのは反対です」

 

 彼の言葉へ同調するように、周囲から頷きと、それに伴う息遣いが聞こえてきた。

 フラムナトもそれは否定しないようで、静かにこうべを垂れている。


「確かにテュラレイのような、他者の善意に付け込む下劣な輩が存在することは事実」

 

 しかし、彼は再び顔を上げ、真っ直ぐな目で『駆除班』の面々を見た。


「ですが私達も、あなた方が『駆除』と『捕獲』とで分かれているのと同じく、人間に対する考え方が統一されているわけではないのです」


 本質的には人間と変わらないのだと、彼はそう説いてみせる。

 だが一度裏切られ、多くの人々が危険に晒された人間側としては、レギニカはどうしても信用できないという気持ちが大きい。

 そんな彼らの心の声を読み取ったのか、フラムナトはゆっくりと立ち上がると、大きな両腕を真横へ広げた。

 シュウと深く息を吸い、4つの眼を深く閉じる。


「どうしても信用できないと言うのであれば、私を殺してください」


 彼は目を閉じたまま、そう言った。

 突飛な行動へざわめく人々に対して、さらに言葉を続ける。


「他者の善意を踏みにじってでも自己本位に努める者は、無抵抗で命を差し出すような真似はしないと思います。非常に愚かな行為かもしれません。ですが私達にはこれくらいしか、あなた方から信用を勝ち取れる方法が残されていないのです」


 目を瞑りながらそう口にした彼の額には、大粒の汗が浮いていた。

 平静を装っているが眉間にはしわが寄っており、呼吸は浅くなり始めている。

 そんなフラムナトが、最後に約束を提示した。

 

「私の同胞がいる場所は、先ほど烏賊田さんへお伝えした通りです。たとえ私を信じることができず、殺害してしまっても。『殺された私』を信じ、どうか同胞の言葉に耳を傾けて頂きたい……!」


 切実な彼の声を、一同は黙って聞き遂げる。

 しばらくの沈黙が通り過ぎた後、烏賊田がゆっくりと口を開いた。


「そうか」


 短くそう言った後、手首のデバイスを操作し始める。

 静かにボタンを押下すると。

 彼の全身を、戦闘機体が纏った。

 星乃の脳内に、嫌な予感がよぎる。


「だったら、お望み通り殺してやろう。それが、俺たち『駆除班』の仕事だからな」


 腕に装着された刃をフラムナトへ向けて歩み寄り、烏賊田はそう冷たく言い放った。

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