第19話 異変
「レギニカだ!」
烏賊田の持っていたタブレット型端末から、誰かの叫び声が飛び出した。
先に降りていた隊員たちからの通信である。
その声を皮切りに端末越しの声が騒がしくなり始め、聞いていた一同に緊張が走る。
「……行ってくる!」
端末を近くの隊員に手渡した烏賊田はそれだけを伝えると、何の躊躇もなく昇降機から飛び降りた。
自由落下に身を任せて暗闇へ落ちながら、手首のデバイスを起動させる。
「戦闘機体、起動!」
空中で腕を広げた烏賊田の周辺に、どこからともなく大量の金属片が出現した。
金属片は彼の体を覆い始め、徐々に戦闘機体を形作っていく。
アメリカンフットボールのユニフォームを連想させるような、肩幅が大きく屈強な重装甲機体であった。
戦闘機体を纏った烏賊田は空中で1回転すると、指先を壁面に叩き付けて食い込ませる。
ガリガリと壁面を削って速度を殺しながら、車のような速さで穴底へ降りていった。
「よくやるわ~……。『駆除班』の班長にして、今回の指揮を任されてるリーダーなだけあるわね」
「烏賊田さんは思い切りが良いんです」
闇の中を覗き込みながら感心する美優へ、千帆が誇らしげに胸を張る。
そんなゆるい会話によって緊張が和らいだ一方、穴底では異変が起こっていた。
壁面から手を離し、烏賊田が穴底へ着地する。
人をなぎ倒す勢いで現場へ急行していたものの、どうも様子がおかしい事に気が付いた。
レギニカが出たと騒がれていたにも関わらず、穴底にいた人達からはやけに落ち着いた空気が漂っているのである。
既に『駆除』が終わっていて、一安心しているのか?
最初はそう考えたが、そんな空気とも少し違っていた。
「何があった」
洞窟の先で、調査をしていた部隊へ追いつく。
彼に気付いて道を開けた隊員達をかき分けると、その先の光景を見た烏賊田の表情が固まった。
「……ッ!?」
大きく開かれた目に映ったのは、血が溢れるレギニカの死体と、その胸部に刀のようなピンク色の武器を突き刺しているレギニカの姿。
すなわち、同士討ちがされていたのである。
「彼が『責任者と話がしたい』と」
隣に立っていた『駆除班』の男が、生きている方のレギニカを指してそう報告した。
レギニカは顔だけをこちらに向け、「その通り」と言わんばかりにゆっくりと頷く。
その真っ直ぐな4つの視線は、明らかに意思を持っている者のそれであった。
昇降機が穴底へ到着すると同時に、星乃は昇降機から飛び降りて走っていく。
降りている最中、烏賊田から『言葉を話すレギニカを見つけた』との報告があったからだ。
走っていく彼女の背中を見ながら、千帆は呆れたように息を吐く。
「喋るレギニカのせいでこうなったのに、また同じことする気か……?」
「同じ意見です。一度騙されたのだから、喋るレギニカと聞けば警戒するのが当然」
自身のぼやきに同調してきた叶瀬へ、彼女は少しだけ驚いた表情を向けた。
そんな千帆の様子など気にも留めずに、叶瀬は「ですが」と言葉を続ける。
「知性がある以上、人間にも様々な性質の者がいるのと同じで、レギニカにも色々な考えの者がいると思います。無論、警戒はするべきですが、人間に協力的な個体である可能性を信じてみるのもアリなのかなと。まだ2体目ですし」
叶瀬の持論に納得してしまった千帆だったが、彼女の感情はそれを許さなかった。
「どうせ同じだよ。今度こそ諦めてほしいね」
「賭けますか? 僕は星乃さん派です」
「……お前、そんなフランクな性格だったのか?」
無表情で硬貨を取り出す叶瀬に、千帆は戸惑いの目を向ける。
彼の奇妙な空気感に押されながら、烏賊田や星乃が向かった先へ歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます