第17話 反撃前夜

「さらにご丁寧にも、持ってきていた武器も見せてくれました。グミのような質感で軽い、しかしながら非常に頑強で、人類の科学力を凌駕している代物だと感じました……」

 

 少し顔を俯かせながらそう口にすると、総理大臣はゆっくりと席を立つ。

 部屋内を一望した後、突然。

 腰よりも低い位置へ、思い切り頭を下げた。


「ですが、あなた達には戦ってほしい! 彼らはきっと、一部の土地だけで留まりません。彼らの提案を受け入れることは、私には良い事だとは思えないのです……!」


 そう嘆願した総理大臣の声色は、少しばかり震えている。

 人類を上回る文明に対する恐怖なのか、命を賭けさせることに対する罪悪感か、はたまたそれらによって巻き起こるバッシングに対する不安なのか。

 分からないが、彼の心からの声であることは十分に伝わっていた。


「……」


 全員、口を閉ざしてしまっている。

 突然レギニカによる宣戦布告を受けたと知らされた挙句、『戦ってほしい』と頼まれたのだ。

 理解の追い付いていない者が、ほとんどだろう。

 そんな凍り付いた空間を、最初に溶かし始めたのは星乃だった。


「やります」


 よく通る声で立ち上がった彼女へ、全員の視線が一斉に向く。

 星乃は強い意志を内包した、真っ直ぐな目で総理大臣を見据えていた。


「星乃はアルバイトなんだから、気負わなくたって……」

「でもこの星を守るには、やらなきゃいけない事だよ。だったら、やる」


 隣に座っていた美優の言葉を制し、そう宣言する。

 そんな彼女の姿を見て、他の席に座っていた人たちも続々と立ち上がり始めた。


「やるっきゃねぇよな」

「当然です!」

「守りましょう、この星を!」


 美優と叶瀬たち『捕獲班』から臼河たち『回収班』、そして烏賊田や千帆をはじめとした『駆除班』まで、全員が立ち上がる。

 レギニカに対する思想は違えど、このかけがえのない星を守りたいという気持ちは皆一様なのだ。

 そんな光景を見た総理大臣は目尻に涙を浮かべ、再び頭を下げる。


「ありがとうございます……!」

 

 やっぱり星乃さんは誰よりも優しく、勇気のある人だ。

 顔には出せなかった叶瀬だが、星乃がこちらを見た際に、Vサインでその気持ちを送ってみせた。

 


 

 こうして、レギニカ星帯侵攻軍と戦うための準備が始まる。

 総理大臣曰く、奴らが再び議事堂を訪れるのは1週間後だそう。

 それまでに戦闘機体や武器の増産、諸外国の精鋭部隊を呼び寄せるなど、ありとあらゆる手段を掻き集めて準備を進めていった。


 そんな中で、SROFAらの希望となり得る1つの情報が手に入る。


「解析結果、出ました! レギニカは恐らく……ここを入り口として、各地へ出現している模様です」


 レギニカの大群が訪れてから2日後のこと。

 研究室でパソコンを叩いていた研究員が、モニターを指しながらそう叫んだ。

 彼の背後から烏賊田と美優が顔を出し、モニターに映る地図を凝視する。

 レギニカが大量に現れたことで、出現の法則性を見つけることができ、それによって奴らの発生場所を特定する事に成功したのだ。


「なんでレギニカが地上から……?」

「あれだけの数が現れたのに、落下の音を聞いた隊員はいなかった。よく分からんが、今回は空から降ってきたわけではないようだ」


 レギニカは今まで空から降ってきたにも関わらず、今回はそんな痕跡など一切として無かった。

 道を封鎖するほどの数が出現したことも含め、何か状況が変わったのだろうか。

 

「ともあれ、これがあれば……」

「待たずとも、こっちから奇襲を仕掛けられるわね!」

 

 烏賊田と美優が、同時にガッツポーズを取った。

 レギニカたちの潜む場所へ行き、奴らが仕掛けてくる前に奇襲をかける。

 そうなればテッカー症が蔓延するリスクも抑えられ、なおかつ勝率も上がるはず。

 2人は拳を振り上げると、力強く叫んだ。


「レギニカたちの本拠地へ、突入するぞぉ!!」

 



 

 レギニカの本拠地と思しき場所が判明してから、さらに2日が経つ。

 レギニカの本拠地への奇襲作戦は順調かつ迅速に組み立てられ、明日には実行するといった状況にまで至っていた。

 そんな中、研究所の事務所で座っていた星乃が唐突に声を上げる。

 

「なーんか、暇だなぁ」

「全然、忙しくないですか?」


 隣の席で端末を操作していた叶瀬が返すと、星乃は机へ突っ伏しながら「そうなんだけどさぁ〜……」と嘆声を返した。

 

「レギニカは全く出てこなくなったし、準備ばっかりだしで、何かをやってる実感が無くって……」


 彼女の言いたいことは分かる。

 毎日のようにレギニカを捕獲していた日々と比べると、せいぜい物を運んだりする程度しかない今の作業はどこか味気ない。

 束の間の平和を享受できているのは良い事なのだが、落ち着かないのもまた事実。


「うーん……」


 そんな彼女を見た叶瀬は目を落として少し考えた後、1つの提案をしてみた。


「今日は昼まででしたよね。終わったら、どこか行きませんか?」

「へっ……?」

 

 怠そうに机へ伏せていた星乃は、抜けた声と共に顔を跳ね上げる。

 叶瀬からそんな事を提案されるのはあまりにも意外だったのか、彼女は丸くした目を瞬かせて呆然としていた。

 ようやく脳が理解し始めたのか、徐々にその顔が綻び始め、咲くような笑顔へと変わっていく。


「行きたい!」


 そんな彼女の笑顔に、叶瀬は親指を立てた。


 アルバイトの時間が終了した2人は、その足で映画館へ赴く。

 売店の列に並んでいる間で、星乃が伺うように切り出した。


「ちょうど見たい映画があったから、映画館行きたい! って言っちゃったけど……。叶瀬くんはいいの?」

「何も決めてなかったので、助かりました」

「何も決めてなかったんだ……」


 頷く叶瀬の返答に、彼女は拍子抜けしたようなリアクションを取る。

 

「星乃さん、退屈そうだったので」


 叶瀬が彼女を誘った理由は、ただそれだけだった。

 そんな彼の言葉を聞いた星乃が、ふふっと小さく笑う。


「やり手だなぁ? 叶瀬後輩」

「僕に靴を買ってくれた時と同じです。『困ってる人がいたら、なるべく助けに走る』! 星乃先輩の真似ですよ」

 

 生意気な奴めと言わんばかりに口の端を持ち上げる星乃へ、叶瀬は無表情のまま指でVの字を作った。

 そうこうしているうちに上映時間が訪れ、2人は飲食物を購入してから映画館へ入っていく。


 上映された映画は、実在した人物の半生を脚色しながら描く、いわゆる伝記物語というものであった。

 エンドロールが終わって映画館から退出すると、テンションの上がった星乃が口を開く。


「いやぁ、面白かったなぁ~。叶瀬くんはどうだった?」

「僕も面白かったと思います。……星乃さんは、映画よく見るんですか?」


 星乃の質問へ答えつつボールを返すと、彼女は「うん」と頷いた。


「映画見るの、大好きなんだ。さっきみたいな伝記ものは、特に好きかな」

「何か理由が?」


 そんな質問を投げられた星乃はうーんと少し考えた後、人差し指を立てて持論を語り始める。


「なんていうか、人生って1人につき1つだけじゃん? それに何かを成し遂げるには、あんまり長くはない。でもああいう映画を見ると、他人の人生をちょっとだけ体験できた気分になる。そういう所が、好きかな〜?」


 小首を傾げながら、彼女が締めくくった。


「いいですね」


 相槌を打ちながら、叶瀬は親指を立てる。

 外へ出ると、既に日は落ちていた。

 

 入る前はまだ明るかったのに、まるでスイッチを切り替えられたかのように暗い。

 星乃は外に出た開放感と僅かな涼風を、くるくると回りながら全身で感じ取っていた。


「今日は誘ってくれてありがと。誰かと映画行くなんて、久しぶりかも」


 そう言ってニコリと笑った彼女には、事務所で机に倒れていた時の退屈な姿はもうない。

 思い切って提案してみた叶瀬だったが、うまく作用してくれたようで安心した。

 落ち着いた所で、夜空を見上げた星乃がしんみりと呟く。


「……ついに明日かぁ」


 明日はついに、レギニカの潜む場所へ奇襲をかける日だ。

 人を襲う生物の本拠地へ飛び込むのだ。

 何が起こるか分からない。

 もしかしたら、死ぬかもしれない。

 夜になり、明日の事へ思考が向くと、そんな現実が押し寄せてくる。


「やだなぁ」


 星乃が軽く、されど渇いた声色でそう口にした。

 彼女から出た意外な呟きに、叶瀬は思わず振り返る。

 

「危ないから嫌、ってわけじゃないの。まぁそれもあるんだけど……レギニカと戦わなきゃならないのが、すごくやだ」

 

 軽妙な口調だが、そこには暗い感情が入り混じっていた。

 星乃は『捕獲班』としてレギニカを『捕獲』し、彼らとの共存を目指してアルバイトに務めていた。

 だが彼らはこちらに敵意を向け続け、結果戦わなければならないという選択に。

 

「そう簡単に、他の生物と仲良くなんてできないかぁ~……って」


 星乃としては、心苦しい結果だろう。

 彼女は、困っている人がいれば躊躇なく手を差し伸べてしまう人物だ。

 そしてそれは、レギニカが相手だろうと同様なのだと思う。

 

 よくない思考に入ったと思ったのか、星乃は両手で自分の頬を軽く叩いた。

 

「仕方ないよね。人間がやられちゃ、意味がない」


 思考をリセットした星乃は前を向き、自らに言い聞かせるように頷く。

 そうして1つ息を吐くと、真っ直ぐな目で叶瀬を見た。


「私、こんな調子だからさ。何かあった時、叶瀬くんの助けが必要になるかもしれない。その時は……頼ってもいい?」

「勿論です。僕だって、星乃さんに助けてもらってるんですから」

 

 アルバイトの事だけではなく、人間としても。

 心の中でそう呟きながら、叶瀬は星乃と拳を交わした。

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