第16話 会議室にて

 『言葉を話すレギニカ』テュラレイの脱走と共に起こった、レギニカの大量発生事件から一夜が明ける。

 叶瀬、星乃、美優の3人は、『SROFA』施設内のエレベーターに乗っていた。

 いつもは下るために使っているエレベーターだが、今回は上に昇っている。


 ぽーん。


 軽快な音と共にエレベーターが停止し、扉が開かれる。

 降りてしばらく廊下を歩いていた3人は、『総合会議室』と書かれた部屋へ到着した。

 横開きの扉を美優がノックし、彼女から順に入っていく。


 部屋の中には、バレーボールコートほどの大きさをした巨大な机と、それを囲うように並べられた大量の椅子があった。

 そこに、臼河をはじめとした回収班、そして千帆を含めた駆除班の面々が座っている。


「おっ」

「……ちっ」

 

 こちらに気付いた臼河は挨拶代わりに小さく手を上げ、千帆は不愉快そうにそっぽを向いた。

 各班の様々な視線が向けられる中、回収班の3人は静かに席へ着く。


「言葉を話せるレギニカが、脱走したっていうのは本当か?」


 机を挟んだ反対側から、誰かが言った。

 見ると、大柄でスキンヘッドが特徴的な……『駆除班』の班長を務める男性、烏賊田いかだが神妙な顔付きで美優たちを見据えている。


「そいつが逃げ出して、その後にあの大量発生騒ぎが起きたと聞いたが。何か関係が?」

「今の所は不明です。関連性については、現在調査中で」


 烏賊田の質問に、『捕獲班』の隣に座っていた研究員が回答する。

 その答えが気に入らなかったのか、烏賊田から数席離れている千帆が野次を飛ばした。


「関連性がどうだろうと、逃げられたのはまずいんじゃないですか? 収容施設に、逃げ出す余地があるということですし。とっとと殺しておけば、こんな事にはならなかった」


 不快感を露わにしている彼女の言葉を聞き、烏賊田は困ったように頭を掻く。


「逃がした事がまずいのは同意見だが、『殺しておけばよかった』ってのは極端かもな。駆除斑の班長やってて言うのもなんだが、対話ができる相手を殺害するのは躊躇するだろう」

「何人も人を殺してる化け物なんか、対話ができても意味がない」

「……」


 烏賊田に諭されてもなお、千帆は意見を曲げようとしない。

 彼女に嫌味っぽく睨み付けられ、星乃も対抗するように睨み返した。

 ……と、そんな時。


「随分、殺伐としてますね。入っても大丈夫ですか?」


 張り詰めた空気へメスを入れるように、入口の方から落ち着きのある声が飛び込んでくる。

 その場にいた全員が反射的に振り返ると、そこにいた人物を見て、全員が驚愕の顔を見せた。


「な……内閣総理大臣!?」

 

 そう。

 会議室の入口で寄りかかるようにして立っていたのは、行政の最高責任者であり、実質的な政府のトップ。

 内閣総理大臣、その人だったのである。


 突如として現れた総理大臣に、会議室内の空気が一変した。


「万が一、傍受されてしまう可能性も考えてですね。少しアナログかもしれませんが。直接、お話をすることにいたしました」


 総理大臣はそう言いながら会議室へ入ると、テーブルの一番正面にあたる席へ着席する。

 全員の視線が一斉に集まる中、総理大臣は落ち着いて口を開いた。


「昨日、1体のレギニカが国会議事堂へ侵入した話は、ご存じでしょうか」


 机に埋め込まれたタッチパネルを操作すると、各席へ一斉にホログラムが出現する。

 『契約書』と書かれたものだったが、従来の契約書とは違うような、妙な違和感があった。

 

「こちらは、リヴトと名乗るレギニカが私へ提出した『契約書』の写しです。こんなもの、どこで覚えたのやら」


 総理大臣は呆れたようにため息を吐く。

 彼の説明によると。

 昨日、国会議事堂へ乗り込んだリヴトは「この国で最も偉い者はいるか」と尋ね、現れた総理大臣へこの契約書を手渡してきたのだという。

 内容を読んでいた美優が、書かれていた文言を驚愕の声で復唱した。


「せ……『宣戦布告』ッ!?」


 他の人たちも同じ気持ちだったのか、彼女の言葉へ共鳴するようにざわめき始める。

 そう。契約書には、『宣戦布告する』との文言が記されていたのだ。

 総理大臣が頷きつつ、補足を入れる形で説明を始める。


「ええ。私がそこにサインをしなければ、宣戦布告ののちその場で攻撃を開始する、とのことです。サインの内容は『レギニカ星帯侵攻軍せいたいしんこうぐんに対する降伏と、一部の土地を献上すること』」


 つまりは、レギニカ達が土地を寄越せと脅しをかけに来ているというわけだ。

 さらに追い打ちをかけるように、総理大臣は言葉を続ける。


「彼は色々と教えてくれました。今まで現れていた、言葉を話さないレギニカは、いわゆる『クローン個体』らしく。無尽蔵に生産が可能である、と」


 以前テュラレイが言っていた、『レギニカには知能を持ち合わせていない種類がいる』というのは、クローンで作成された個体のことだったのだ。

 これまでは兵器として、偵察のために送り込まれていたのだろう。

 ざわざわと動揺に染め上げられていた会議室内は、静まり返っていた。

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