第15話 襲撃

「私、5歳下の弟がいたんだけど。私が高校生の時に、事故で亡くなっちゃってさ」


 遠くの景色を眺めながら語る彼女の瞳孔が、ゆらゆらと揺れている。


「弟が亡くなって一番最初に思ったのは、『なんでもっと色々してあげなかったんだろう』って気持ちだったの」


 当時の感情を思い起こしてしまったようで、星乃の声は一瞬だけ上ずりかけていた。

 彼女は瞬きの回数を増やして、どうにかそれを抑え込もうとしている。

 

「あの時は自分の事で精一杯で、弟のことなんてちっとも気にかけてあげられなかった。あんな思いはもう、二度としたくない」


 そして、「だからね」と付け加えた。


「悔いのない行動を心がけることにしたの。なるべくためらわずに、やろうか迷ったらやる。やらずに後悔するなら、やって後悔する方を選ぶ。……まぁ、それを苦しく感じてしまう時もあるんだけど」


 話していくうちに気持ちが楽になってきたのか、星乃から少しだけ柔らかな雰囲気が戻りつつある。


「でも、やって後悔した方が気持ちは楽だって思うの。だから困ってる人がいたら、なるべく助けに走る。それが、『人助けがやめられない』理由なんだよ。……聞いてくれてありがとね」


 静かに締めくくった星乃は、胸に溜まっていたものが吐き出せたようにすっきりした表情をしていた。

 思ったよりも深い部分に触れてしまったことによる、罪悪感と親近感とが入り混じった複雑な感情が叶瀬の胸中で渦巻く。

 星乃は気恥ずかしさを誤魔化すように「そうだ」と手を叩くと、おもむろに携帯端末を取り出した。

 

「中継とか、やってないかな」


 今どんな状況になっているかを知るために、SNSを開いてニュース発信アカウントのアイコンをタップする。

 予想通り、ニュース発信アカウントは中継映像を公開していた。

 星乃は叶瀬に体を寄せ、2人が見える位置に画面を寄越す。


「なに……これ……」


 映っていた中継映像を見た彼女が、目を見開いて絶句していた。




 数分前。

 出動した『駆除班』のメンバーたちと、突如大量発生したレギニカとが各地で激突する。

 その異常な数に驚きながらも、彼らは卓越した戦闘技術によってレギニカらを駆除して回っていた。

 その中の一人。今まさにレギニカを叩き潰した戦闘機体のハッチが開き、浅黒い肌にスキンヘッドの男性が姿を現す。


「流石に多いな。捌けんぞ」

烏賊田いかださん!」


 ため息を吐いた男性へ、若い男性の声と共に別の戦闘機体が走ってきた。

 烏賊田と呼ばれた男性はその彫りの深い顔を、走ってきた戦闘機体の方へと向ける。

 

「どうした」

「大変っす。いやもう、めちゃくちゃヤバいっす。『駆除斑』班長のあなたに、すぐ伝えろと」


 息を切らせながら必死に訴える戦闘機体は、さらなる非常事態を烏賊田に訴えた。


「国会議事堂が、レギニカに包囲されてるっす」

 

 そう。

 星乃たちが見た空撮中継映像には、レギニカに包囲される国会議事堂が映し出されていたのである。


『大量のレギニカが、国会議事堂を包囲しております! ですが、中へ入る様子はなく……?』


 実況音声の言う通り、国会議事堂を囲う大量のレギニカたちが敷地内に入る様子は無かった。

 遠巻きに入口を眺めているような、何かを待っているような。

 そんな不気味な光景に、叶瀬は思わず息を呑む。


「一体、何が起こってるんでしょうか……」

 

 疑問を呟いた途端、状況が動き始めた。


「!」

 

 国会議事堂の中から1つの大きな影が現れ、レギニカ達の元へ歩いていく。

 先ほど星乃たちが交戦した巨大な生物……リヴトと名乗っていた者の姿だった。

 

『1体の大きな生物が中から姿を現しました! 既に侵入されていたようです! 中の議員たちは、無事なのでしょうか……』

 

 困惑を隠し切れていない音声が実況を続ける中、国会議事堂から外へ出たリヴトはレギニカの大群と合流する。

 彼が合流した瞬間、それまでじっと動かずにいたレギニカ達が一斉に動き始めた。

 まるで1匹の生物のような統率された動きによって、大量の群れは驚くほど早くその場を去っていく。

 道路を通過するたびに群れが分散され、カメラがどこを追えば良いのか分からなくなった所で中継は終了した。


「レギニカが……国会に……」


 何が何だか分からないといった様子で呟いた星乃の耳に、がきん、がきんと重い金属の足音が聞こえてくる。

 顔を上げると、疲労困憊の美優が戻ってきていた。


「医療班の人が来たわ。レギニカもどこかへ行っちゃったし……ひとまず、戻ろう」


 背後を親指で指しながらそう言うと、星乃と協力して叶瀬を立ち上がらせる。

 結局その後、姿を消したレギニカの大群が戻ってくることは無かった。

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