第14話 平等な無表情
手首から肘先まで渡る長い刃を装備した機体が、 まるでジェット機のように背中から火を吹いて、レギニカ達へ滑走していく。
戦闘機体から出ているとは思えない移動速度によって、レギニカ達が接近に気付くよりも早く彼らの懐へ潜り込んでいた。
「だぁら!」
肘を振り上げ、レギニカの胸部から喉にかけてを刃で一閃する。
青色の皮膚をトマトのように爆ぜさせると、ぐるんとターンし裏肘で
引き抜きながら別個体の攻撃を避け、その顔面に拳を叩き込む。
側方から不意打ちを狙っていた3体目には肘を振るい、ほとんど見ることなく撫で斬りにした。
「ゴミどもが。なんでこんなのに、父さんは……!」
舌打ち混じりにぼやくと、がしゃんと刃が稼働する。
刃は手首から中手に向かってスライドし、拳の先から伸びるような形へと移動した。
殴られて倒れていたレギニカを引っ掴むと、その喉元へ刃を深く突き刺してやる。
機械のように素早く、そして無慈悲な殺戮であった。
「……お?」
その様子を見つめていた叶瀬と星乃の存在に気付くと、千帆は刃に付着した血を払いながら振り返る。
「言葉を話すレギニカが、逃げ出したんだってな?」
歩み寄る機体から、責め立てるような声が発せられた。
「あいつが原因で、こうなったんじゃないのか」
早足で近付いてきた千帆は、星乃の目の前に立つ。
そして胸倉を掴むように、彼女が纏うゼリー状の体を引っ掴んだ。
「お前らが! あいつらを生かすから! こんな事に……ッ!」
顔を近付けて怒鳴った千帆と、黙ってそれを受け止める星乃。
近くでレギニカの暴れる音が聞こえた千帆は、舌打ちをしながら星乃を解放した。
「人とレギニカの共存なんて、できるわけ無かったんだよ」
背を向けて吐き捨てるように言い残すと、再び機体の背部から火を噴き出して去っていく。
彼女がいなくなった後には、冷え切った空気が漂っていた。
星乃は顔に向かい風を浴びながら、ただその場で呆然と立ち尽くしている。
レギニカの大量発生などという過去に例を見ない現象は、同じく過去に例を見なかった『言葉を話すレギニカ』テュラレイの登場を機に発生した。
彼と今回の出来事に関連性がある、と考えるのが自然だろう。
「……」
街は大量のレギニカによってあちこちが破壊され、悲鳴と怒号とが飛び交っている。
テュラレイを生かしていなければ、こうはならなかったのかもしれない。
星乃が、静かに口を開く。
「私が今まで、やってきたことは……」
全て間違っていて。
ただただ、人を苦しめるだけの行為だったのだろうか。
出かかったその言葉を閉じ、飲み込もうとする。
だがうまく飲み込めずに、喉が震えていた。
「星乃さん!」
突然、叶瀬の声が耳に突き刺さり、星乃は我を取り戻して振り返る。
叶瀬は相変わらずの無表情ではあったが、じっとこちらを見つめる姿は心配しているようだった。
「大丈夫ですか」
「あー……ちょっとぼんやりしちゃってた。ごめんね」
空笑いで取り繕いながら、叶瀬の隣に座り込む。
だが、取り繕っても感情は抑え切れなかったようで。
一息吐いたあと、
「他者を助けようとしても、それが正しいとは限らない。報われないことの方が多いし、今回みたいに人に迷惑をかける時だってある。見返りを求めているわけじゃないけど……私にとっても、良い結果にはならないのがほとんどで」
膝を抱え、彼女は「けど」と続ける。
「それでも私は……他者を助けようとしてしまう。迷惑になる時もあるし、私だって苦しいのに……私自身が、目を背けることを許してくれない。どうしたら良いのか、分かんないよ……」
そう語る星乃の声は震え、目元は潤んでいた。
叶瀬を命の危機から救い、頼れる先輩として存在していた彼女の姿はなく。
ただ膝を抱えて涙ぐむ、小さな少女の姿がそこにあった。
叶瀬は、以前星乃が『人助けがやめられない』と言っていた事を思い出す。
無意識の使命感が、彼女の心を摩耗させ、苦しめているのだろう。
「……」
今の彼女に、気の利いた事を言ってやれる自信はない。
それでも、叶瀬は。
「……聞いてもいいですか。なぜ『人助けがやめられなくなったのか』を」
彼女に歩み寄りたかった。
顔を上げた星乃は、叶瀬の真っ直ぐな視線とぶつかり合う。
彼の無表情は、いつだって平等だ。
そんな彼の姿に、星乃はちょっとだけ救われたような気持ちになる。
「分かった。けど、結構重いよ?」
「構いません」
涙を拭って軽く笑った星乃は、『人助けがやめられなくなった』経緯を話し始めた。
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