第11話 緊急事態
叶瀬と星乃が仲良く買い物をしていた一方、『SROFA』の研究所では。
収容室内にて、廊下側に背を向けて座っていたテュラレイが、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
「……はい。彼らの戦力は侮れませんが、問題のない範囲かと思われます。"クローン"による
そう口にするテュラレイの耳には、イヤホンのような形をした肉塊が詰まっている。
彼は肉塊を通して、誰かと話しているようだった。
肉塊から、しゃがれた老父の声が返ってくる。
「ふぅん。では予定通り、作戦を実行するとしよう。明日、そちらで混乱を起こすことはできるか」
「お安い御用です。ミスター・カブラギ」
テュラレイが虚空へ頭を下げると、ブツッというノイズ音が走った。
それを最後に、カブラギと呼ばれた者からの声が途絶える。
ゆっくりと頭を持ち上げたテュラレイの瞳は、獣のように鋭く尖っていた。
「おお~! やるね!」
「結構、すぐに慣れるものですね」
次の日、星乃と叶瀬はいつものようにレギニカの『捕獲』に取り組んでいた。
叶瀬の戦闘機体には極低温の霧を発する機能が備わっているようで、今日はそれを駆使してレギニカの氷漬けに成功する。
「それにしても、レギニカってもう現れないんじゃなかったんですか?」
「なんかそんなこと言ってたよね。まぁ、絶対ではないんじゃないかな」
氷の彫像と化したレギニカを見下ろしながらそんな会話をしていると、星乃の携帯端末が着信音を奏で始めた。
発信先を見ると、『臼河さん』と書かれてある。
「ああー、臼河さん! ちょうど今終わって、連絡しようと思ってたところで〜……」
元気よく電話に出た星乃だったが、その声色は徐々にフェードアウトしていった。
「……え」
そして、唖然とした声を呟く。
携帯端末を耳に当てる彼女から、一気にピリリとした不穏な気配が溢れ出した。
「……うん、分かった。あそこね。すぐ合流する」
淡々と返事をして電話を切った星乃は、臼河から知らされた話をそのまま叶瀬へと伝える。
「テュラレイって名乗ってたレギニカが、収容所から逃げ出したって」
「えっ」
「今から美優さんと合流するよ!」
告げられたのは、レギニカによる収容所からの脱走。
今まで一度も発生しなかった事態が、あの喋るレギニカによって引き起こされてしまったのだ。
指定された合流地点へ走ると、ちょうど同じタイミングで美優の車が滑り込んでくる。
開けられた扉から飛び込むように乗車すると、運転席で座っていた美優がアクセルを踏み込んだ。
法定速度ギリギリの速さで道路を疾走しながら、ハンドルを握る美優が下唇を噛む。
「レギニカが逃げ出すなんて、前代未聞だぞー……ったく、せっかくの休日だったのに」
「レーダーで追えないんですか?」
「それが全く反応ないの。今はこうやって、痕跡を探してグルグル車を動かしてる感じね」
叶瀬の質問に、美優は首を横へ振ってそう答えた。
逃げ出したのはつい先ほど。
美優が休みで、叶瀬と星乃が出払いちょうど『捕獲班』が不在の状況だったという。
「人がいないタイミングを狙って逃げ出したのかな」
「うん。私もそう思ってる」
状況を聞いた星乃の推察に、美優が同調する。
比較的友好的な態度を取っていたテュラレイが逃げ出したという事実に、星乃は悲しげな表情になっていた。
「せっかく、レギニカと分かり合えると思ったんだけどなぁ……」
美優はちらりと時間を見ると、さらなる懸念点を口にする。
「あと20分ちょっとしたら、『駆除斑』が出動するらしい。殺さないよう善処するとは言ってたけど、捕獲の術を持ってないから望みは薄いわ」
「それまでに見つけないと、って事ね」
雑把な星乃の解釈に美優が頷いた、その時だった。
ビーッ! ビーッ!
「!」
手首のデバイスが、けたたましいアラーム音を鳴り響かせる。
レギニカが出現した時の合図だ。
「出た!」
ボンネットに設置されたモニターへ視線をやった美優は、突如ハンドルを切って角を右折する。
裏道を疾走し、マップ上の赤い目印へぐんぐん近付いていった。
その時。
ビーッ! ビーッ!
再び、アラーム音が鳴ったのである。
「!?」
このデバイスに、繰り返しアラームが鳴る機能は存在しない。
再度モニターを確認すると、3人が追いかけていた赤い目印とは別に……。
もう1つ、新たな目印が現れた。
「2体同時、かぁ~……」
「どっちかがテュラレイだとしても、これじゃあ分かんないよ~……」
美優と星乃の2人が天井を仰ぎ、怠そうにため息を吐く。
レギニカの2体同時出現。叶瀬にとっては、初めて遭遇する現象であった。
「レギニカが降ってくるのは基本的に1体ずつなんだけど、なんかたまに2体続けて降ってくる時があるんだよね」
「本当にごくまれな現象だから、想定してなかったな〜……」
星乃が説明し、美優はため息を吐く。
「こうなったら多分、『駆除班』はすぐにでも出てくるだろうね。急がないと」
そう言って美優がアクセルを踏み直した、その時だった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
また、アラーム音が鳴り始めたのである。
「さ、3体同時!?」
「いや、違う!」
前代未聞の現象に動揺した星乃の言葉を、美優は食い気味に否定した。
モニターを凝視する彼女の瞳が、小刻みに震えている。
モニターの角度をゆっくりと動かし、後部座席の2人へ見えるよう調整を行った。
「なっ――――」
2人の目に映った、小さなモニター画面には。
今もなお増殖を続ける、無数の赤い目印が存在していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます