第10話 人助けがやめられない

 食事を待っている間に、叶瀬がぽつりと呟く。


「星乃さんって、優しいですよね」

 

 それを聞いた星乃はきょとんと目を見開いた後、「ええ~?」と嬉しそうに頬を持ち上げ、わざとらしく照れるような動きをした。

 対する叶瀬は、相変わらずのポーカーフェイスを保ったまま言葉を続ける。


「今日だけで、子供を抱えた男性に席を譲ったり、目の見えない女性に道を教えたり、あと……僕にお茶を買ってきてくれたり。いつもあんな感じなんですか?」


 目の前でトラブルが発生して、自分が助ける立場になる。

 まれに起こり得ることだが、星乃はやけに慣れているように感じた。

 そんな叶瀬の推察を答え合わせするように、星乃は「そうね~……」と口を開き始める。


「色々やるよ。近所に耳の聴こえない人がいるんだけど、その人と話すために手話を勉強したりもした」


 手話までできるのかと感心した叶瀬だったが、彼女の表情には陰りが差し込んでいた。

 少し悩むように口を噤んだ後、星乃はいつもとは違う口調で語り始める。


「私、さ。人助けがやめられないんだよね」


 そう話す星乃は頬杖をついて、叶瀬からは目を逸らしていた。

 普段の彼女とは全く違う寂しげな雰囲気に、形容しがたい不安が生まれる。


「困ってる人を見過ごしちゃうと、『あの人どうなったかなー』とか『無事に解決したのかなー』とか、そういうのばっかり気にしちゃうの。そうなるのが嫌だから、なるべく手を差し伸べるようにしてる」


 そこまで言うと、星乃はようやく叶瀬の方へ視線を戻した。

 

「それだけなんだよ。今日のことも、『あの時、誘っておけばよかったなー』ってなりたくなかったから叶瀬くんを誘ったの。それなのに、体調を悪くさせちゃって……」


 そう話す彼女は儚げで、どこか心苦しそうに見える。

 きっとこれを話そうと思ったのも、伝えずに後悔したくないという同じ気持ちから来たのだろう。

 叶瀬は何と言葉を返せば良いか分からなかった。

 だから、素直に思っていた事だけを伝えることにする。


「でも、僕は嬉しかったですよ」


 表情は変えられないが、真っ直ぐな目で気持ちを口にした。


「前に星乃さん、僕が表情を上手く作れるよう協力するって言ってくれたじゃないですか。星乃さんにとってそれは抗えない性質だったのかもしれませんが、とても心強かったです」


 自分の行動は善意ではなく、罪悪感を被らないために行っていることだと星乃は言っている。

 だが叶瀬にとって、そこはどうだって良いと思っていた。


「動機なんて関係ないですよ。手を差し伸べられた人はみんな、僕と同じように思っていると思います。星乃さんは、優しい方なんです」


 叶瀬の言葉をぽかんと聞いていた星乃の顔から、陰りが薄れていく。

 少し元気を取り戻したようで、嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 しかし突然、彼女はフフッと笑い声を漏らして顔を逸らす。


「……?」

「いやぁ、ホントにごめん。表情は変わらないのにすごく心のこもった話し方だったから、ちょっと変な感じしちゃって」


 馬鹿にしてるとかじゃないんだけどね! と補足しながらも、彼女の小さな笑いは止まらなかった。


「……結構、真面目に言ったんですけど」

「それは分かってるよ! ホントにごめん! ……あ、来たよ!」


 いじけたように言う叶瀬へ謝りながら、星乃はようやく来た料理に話題を向けて誤魔化す。

 料理を置いた店員が去っていくと、星乃は穏やかに、静かに口を開いた。


「ありがとね。そう言ってくれて嬉しかった」


 小さく口角を持ち上げ、微笑んでみせる。

 

「……さあ! 冷めないうちに食べようか!」

 

 即座に切り替えた星乃が高らかに宣言し、2人は昼食を開始した。


 食事を終えた二人は、いよいよ今日の目的地である履き物店へ足を運ぶ。

 履き物店には子供用の小さな靴から、社交場なんかで履いていくような革靴までがずらりと揃っていた。

 男性用の靴が並んでいるコーナーへ移動し、一通り靴を見て回る。


「どう? なんか気に入ったやつ、あった?」


 顔を覗き込んだ星乃が尋ねると、叶瀬は近くにあった黒色のスニーカーを持ってきた。

 

「これ、ですかね」

「ほう」


 見たところ、これといった特徴のないシンプルなデザインである。

 心なしか、叶瀬が今履いているボロボロの靴と似ている気がした。


「何かこだわりがあったり?」

「いえ……」


 聞いてみると、叶瀬の目がほんの少しだけ泳いだことに気が付く。

 違和感を感じ取った星乃は、バッと手を伸ばし彼の持つスニーカーの札を裏返した。

 そこで靴を選んだ理由に気付くと、半眼でじろりと叶瀬を睨みつける。


「まさかさぁ……値段で選んで、無いよね?」


 その靴は、ここにある中で最も安いスニーカーだったのだ。

 星乃の言葉は図星だったようで、叶瀬は俯いて白状する。

 

「すみません、値段で選びました……」

「もー! 気を遣ってくれるのはいいけど、遠慮しないで!」


 プンスコと怒った星乃によって、叶瀬は今度こそちゃんとした理由で靴を選ばされる事となった。


「すみません、こんな高い物を買ってもらって……」


 スニーカーを購入し終え店から出た所で、叶瀬が星乃に謝る。

 その足には、無骨さと鮮やかさとが混ざり合った濃い青色のスニーカーが履かれてあった。

 それなりの値段だったにも関わらず、星乃は快くお金を出してくれたのである。

 

「私が買うって言って無理やり連れてきたんだから、気にしないでよ〜。良かったじゃん、その靴」


 あまりにも酷い状態だった前の靴を近くのゴミ箱へ突っ込みながら、星乃はそう返してへらへらと笑った。

 その後急に真剣な表情へ切り替わると、人差し指を立てて叶瀬の発した言葉を指摘する。


「それと! こういう時は『すみません』じゃなくって『ありがとう』って言われた方が、嬉しいかな〜?」

「……ありがとうございます」

「うん、よろしい」


 言い直した叶瀬と笑顔を返した星乃の2人は、ゆったりとした足取りで帰路についた。

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