第9話 休日

 翌日。

 星乃は駅前の柱のそばで、改札口へ向かう人々を忙しなく観察していた。

 休日のため、改札では人の波が形成され混雑している。


「これでドタキャンとかされちゃったら、ちょっとショックだなー……」

 

 彼女がここにいるのは、昨日約束を交わした通り、叶瀬と一緒に彼の靴を買うためだ。

 そのため今日は、半袖の黒いブラウスに若竹色のロングスカートと、普段とは少し違うファッションを身に着けている。

 髪を触ったり裾をつまんだり、落ち着きなく待つこと15分。

 約束の時間まであと10分を切った所で、ようやく叶瀬が姿を現した。


「あっ!」


 パッと笑顔に転じた星乃が大きく手を振ると、叶瀬はこちらに気付いて駆け寄ってくる。


「おはようございます。星乃さん」

「おはよ。ちゃんと来てくれて良かったぁ~」

「来ますよ。約束したじゃないですか」

「そうなんだけど! ……まぁいっか。行こう!」


 心配する必要なんて無かったんだ。

 不思議そうに答えた叶瀬を見て安心した星乃は、切り替えるように手を叩いて歩き出す。

 2人は改札を通って電車へ乗り込み、目的地へ出発した。


「すごい人ですね」

「休日だからな〜。ギリギリ座れて良かったよ」

 

 沢山の人がいる車内で、2人は奇跡的に空いていた席へ座ることに成功する。

 しばらく揺られていると、すぐ近くで手すりを掴んで立っている男性に気が付いた。

 立っている事にあまり苦を感じなさそうながっしりとした体型ではあるが、その胸元には抱っこ紐で幼児が抱かれている。

 それを見た星乃は躊躇なく席を立ち上がると、静かに歩み寄って男性へ声を掛けた。


「よかったらあそこ、座りますか?」

「いやいや、気にしなくて大丈夫ですよ!」

「遠慮せずに〜。お子さんだって、座って抱えてもらったほうが安心しますって。ね?」


 男性は彼女の気遣いに遠慮するが、星乃は引き下がらない。

 その様子を見た男性は諦めたような、されど嬉しそうな表情で小さく頷いた。


「そこまで言うなら……すみませんねぇ」

「謝ることないですよ〜」


 ぺこぺこと頭を下げながら席へ座った男性に、星乃は少し眉を落としてニコニコ微笑む。

 そんなやり取りをしている間に、次の駅のアナウンスが流れてきた。

 気付いた星乃が、叶瀬に顔を近付けて伝える。


「次で降りるよ!」


 到着したのは、片手では数えられないくらいに線路のある、それなりに大きな駅であった。

 ごった返す人の波を歩いていくうちに、叶瀬は人酔いを起こしてしまう。


「すみません、ちょっと気分が悪くなってしまって……」

「人酔いかな? 人、多いもんね。どっか座ろっか」


 叶瀬の訴えを受けた星乃は少しばかり駅構内を見回した後、発見したベンチスペースへ叶瀬を連れて行った。

 ベンチに座ることができた叶瀬は、いくらか気分が和らいだものの、まだ喉奥に気持ち悪さが詰まっている。

 俯いて呼吸を整えている彼を心配そうに眺めていた星乃は、ふと顔を上げた先に何かを見た。


「ごめん、叶瀬くん。ちょっとだけ休んでてね」


 それだけ言い残すと、彼女は叶瀬を置いて走り去っていく。

 何事かと顔を上げた叶瀬が目で追うと、走る先に白杖を持った女性が立ち往生しているのを見た。

 星乃は女性に駆け寄って声をかけ、話を聞き、何やら誘導を行っている。

 角を曲がって見えなくなり、しばらく経った所で星乃だけが戻ってきた。


「ごめんごめん。目の見えない人が迷子になってたみたいでさ。とりあえず、駅員さんの所まで案内してきた」


 少し息を切らしながらも朗らかな表情を保つ彼女の手には、ペットボトルのお茶が握られている。


「自販機があったから買ってきたよ。何か飲んだらマシになるかな~と思って」

「ありがとうございます」


 星乃から手渡されたお茶を一口飲むと、冷たいお茶が気持ち悪さを洗い流してくれるような感覚がした。

 お茶を飲みながら休憩しているうちに、気分も少しずつ戻ってくる。


「おかげで幾分か良くなりました。もう大丈夫です、ありがとうございます」

「お! じゃあ行くかぁ!」


 叶瀬の復活に星乃は嬉しそうに笑うと、立ち上がって構内を先導し始めた。

 駅の外に出ると、高く昇った太陽がアスファルトを照りつけており、近くにあったアナログ時計は12時過ぎを示している。

 そこら中から漂ってくる昼食の匂いに、星乃はごくりと唾を飲み込んだ。


「あのさ、先……お昼にしない?」

「ですね」

 

 ゆっくり振り向きながら尋ねた星乃へ、叶瀬が同意する。

 2人は近くにあった、イタリアンな飲食店で昼食を取ることにした。

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