第8話 レギニカ

 叶瀬たちが捕獲した『人の言葉を話す宇宙生物』の存在に、研究所内は騒然となった。

 ほとんどが謎に包まれている中で、明確に知性を持つ個体が現れたのだから、当然だろう。

 研究所の職員たちは喋る宇宙生物を連れてくるなり、叶瀬たちの事務室を占領して緊急調査を開始した。

 叶瀬と星乃は部屋から締め出され、待機を命ぜられる。

 すぐ近くにあるベンチで座っていた叶瀬の元へ、盗み聞きしようと画策していた星乃が、諦めたような表情でやってきた。


「ダメだぁ~……全然聞こえないや。あそこ、防音性能高いんだね」


 どさっと体重を投げ込むようにベンチへ座った星乃が、大きなため息を吐く。

 しかしすぐに顔を上げ、叶瀬の顔を覗き込んだ。

 彼女の表情はプレゼントを開ける子供のように、期待と嬉しさとが滲み出している。

 

「でも、喋る宇宙生物だよ!? 意思の疎通ができるんだよ!? うわ~~~、早くお話してみたい~~!」


 星乃は感激のあまり、喉から絞り出すような声を上げて天井を仰いだ。

 対する叶瀬の反応は薄く、今日の出来事を淡々とメモに記している。


「叶瀬くんは話してみたい? 宇宙生物と」

「実態は気になりますが……話したいとかは、あまり」

「おや」


 叶瀬から素っ気ない答えを貰い、星乃は残念そうに眉を下げた。

 少し視線を落とした彼女は、叶瀬の履いているスニーカーに目が留まる。


「そのスニーカー、ずいぶん年季が入ってるね」

 

 星乃の言った通り、彼のスニーカーはハッキリ言ってかなりくたびれていた。

 汚れが積み重なって元の色が分からなくなっており、表面がところどころ破れている。

 普通であれば買い替えを検討するような状態を、遥か前に通り過ぎていた。


「お気に入りの靴、とか?」

「いえ、別に。全然使えますし、まだ買わなくてもいいかなと……」

「もう結構ギリギリだよ!? 履いてたら危ないよ、それ」

「そうなんですか?」


 星乃の指摘がいまいちピンと来ないようで、叶瀬は自身のスニーカーをまじまじと眺めている。

 そんな叶瀬を見ていた星乃は、何か閃いたように「そうだ」と呟くと、叶瀬の顔を再び覗き込んだ。


「確か、明日休みだったよね。予定、空いてたりする?」

「空いていますが……どうしてですか?」

「靴だよ靴! 私が叶瀬くんに、新しい靴を買ってあげようと思って!」


 首を傾げた叶瀬に、ベンチから勢いよく立ち上がった星乃が彼の靴を指差す。


「入社祝いだと思ってさ! どう? 空いてる?」


 圧の強まった星乃に一瞬たじろいだ後、叶瀬はゆっくりと頷いてみせる。

 

「空いてます」

「よし!」

 

 叶瀬の返答に、星乃は拳を強く握った。

 と同時に、事務室の扉がようやく開く。

 ぞろぞろと出てくる研究者たちに着いていく形で、喋る宇宙生物が姿を現した。

 しっかりと拘束具を取り付けられているにも関わらず、抵抗する気配は全くない。

 彼は叶瀬たちに気が付くと、ペコリと頭を下げた。


「あの時はどうも」

「っ!? いやあ、どうも〜」


 話しかけられるとは思っていなかった星乃は目を丸く見開いた後、嬉しそうにへらへらと返事をする。

 彼らが去っていくのを見送っていると、事務室の中から顔だけを出した美優が、2人に手招きをしていた。


「じゃ、明日は10時に駅前で。OK?」

 

 明日の時間と場所とを一方的に告げると、星乃は事務室へ入っていく。

 叶瀬は『10時 駅前』とメモへ素早く記入した後、彼女に続いて事務室へと向かった。


「どんな話してたの!?」

「全部話すから、落ち着きなって」


 キラキラした表情で寄る星乃を押し留めた美優は、叶瀬によって扉が閉められたのを確認してから、『喋る宇宙生物』と研究員たちとの会話を語り始める。

 


 

「まず、我々は自らの事を『レギニカ』と呼称しています」


 数分前。研究員たちの前で、『喋る宇宙生物』は開口一番にそう言った。

 宇宙生物……もといレギニカは頑丈な拘束具を着けられているにも関わらず、落ち着いた様子で話を続ける。


「そして、私自身の名前ははテュラレイと申します。『レギニカ』はあなた方で言う所の『人間』で、『テュラレイ』はあなたで言う所の『里中さとなか』ですね」


 テュラレイと名乗ったレギニカはそう言って、『里中』という名字が書かれたプラカードを首にかけている職員を指した。

 指された里中のプラカードに、周囲の視線が集中する。

 理解したように頷いた別の研究員が、ノート型の電子端末を取り出しつつテュラレイに向き直った。


「ふむ、理解しました。では、テュラレイさん。早速ですが、色々と質問をさせて頂きたい」

「私に答えられる範囲でしたら、何でも」

 

 研究員の問いかけに、テュラレイは快く協力を示す。

 

「あなたたちレギニカは、どこから来たのですか?」

「ここより十数光年離れた、とある惑星から」


 テュラレイの即答に、研究員たちは僅かながらざわめいた。

 十数光年も離れた惑星から。

 人類の技術力では片道すら不可能なものを成し遂げているという事実は、彼らが非常に高度な文明を有していることの証明であったからだ。

 一気に興味惹かれた研究員が、さらに続けて質問する。


「人間の言葉を、どうやって学びましたか?」

「それは……」

 

 その質問に、テュラレイは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 考えるように目線を外した後、答えられないと首を横に振る。


「我々の技術をあなた方に与えかねないので、伏せておきます。外部から行われる急激な文明発達の手助けは、危険な事態を引き起こすものであると歴史が語っておりますので」


 疑問を解消できないのは残念だったが、テュラレイの言う事は妙に説得力があった。

 諦めた研究員は、続けて別の質問に移る。

 

「では、来訪の目的は?」

「この星の主要知的文明を保有しているあなた方と友好関係を結びたく、来訪致しました」


 2つ目の質問にテュラレイが答えると、別の研究員が眉をひそめて割り込んできた。

 

「ですがあなた方は人を襲い、何人もの死傷者を生み出していますよね? 友好関係を結ぶにしては、えらく物騒ではありませんか?」


 そんな指摘を受けたテュラレイだったが、彼はそれを予想していたようで、「ごもっともです」と頷いてみせる。

 壁越しにレギニカ達が収容されている場所を見ると、弁明を開始した。


「見て分かると思いますが、今収容されている彼らは知能を持ち合わせていません。そういう種類のレギニカが存在するのです。この星が生きるのに適した環境なのかを試すべく、実験的に送り込んだものでして」


 そう語ると、申し訳なさそうにこうべを垂れる。


「申し訳ございません。まさか原住生物がいるとは思っておらず……多大なご迷惑をおかけしてしまいました。ですがこれからは私たちが彼らを管理しますので、現れることはほぼ無いと思っていただければ」

「ううむ……」


 信用し切る事はできないが、かといって彼の丁寧な対応を無下にするのはどうなのか。そう判断した研究員たちは、一旦質問を終わらせることにした。


 「……とまぁ、軽く聞いてみたくらいだよ。彼らが文明を有していると判明しただけでも、かなり大きな収穫だよ」


 語り終えた美優が、腕を組んで締めくくる。

 聞いていた星乃の口元は、大きな弧を作っていた。


「本当に宇宙から来たんだ……それも、十数光年も離れた遠い場所から……!!」


 千帆のような、レギニカを憎み『捕獲班』の存在を許せない者は世の中に沢山いる。

 だが今回の出来事は、『捕獲班』がいなければ起こり得なかった。

 『捕獲班』の存在があったからこそ、レギニカという、史上初の外星生命体とのコミュニケーションと、『テッカー症』の解明に一筋の光明が見え始めたのだ。

 それは紛れもない、人類にとってあまりにも大きな成果である。


「私たちの活動は、間違いなんかじゃなかったんだよ! うおおーーーーっ! よっしゃあーーーーー!!!」


 星乃は拳を強く握ると、天井に向かって腹の底から咆哮を響かせた。

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