第7話 喋った?

 星乃と少しだけ打ち解けられた日から2日が経ち、またアルバイトの時間がやってくる。

 『SROFA』の地下にて、叶瀬は宇宙生物用の食事を運んでいた。


「叶瀬くん、中の仕事はもう大体覚えてきたなあ。後は宇宙生物と戦えるようになったら、完璧か……」


 事務所と収容所とを行き来する叶瀬を見ながら、ノートPCのキーボードを操作していた星乃は呟く。

 そんな彼女の元へ、美優がからかうような笑みを近付けてきた。


「叶瀬くんと一緒にできなくなったら、寂しい?」

「そうね~……初めての後輩だもん。それに叶瀬くんには、ある協力をしてあげることになったし」

「協力?」

「ひみつ~」


 囃し立てに来た美優へお返しと言わんばかりに、星乃はにんまりと笑い返した。

 そんな緩やかなアルバイトの時間も束の間、星乃と美優の手首デバイスからアラーム音が鳴る。

 と同時に事務所の扉が勢いよく開け放たれ、収容所にいた叶瀬が戻って来た。


「出動ですか」

「うん! 行くぞぉ!」


 即座に席を立った星乃と共に、外へ出て行こうとする。


「あっ、叶瀬くん!」


 扉を閉める直前、美優が叶瀬を呼び止めた。


「これっ!」

 

 そう言って放り投げてきた何かを、両手を差し出して受け止める。

 手のひらに着地したのは、星乃や美優と同じリストバンド型のデバイスであった。


「使い方は……星乃に聞いて! 気を付けてな~!」

「ありがとうございます!」

 

 美優の雑な見送りに礼を述べ、星乃と共に駐車場へ走り出動する。

 動き始める車内で、叶瀬は手元のデバイスをまじまじと観察していた。

 画面には宇宙生物の位置情報が表示されていて、その横に様々な仮想ボタンが表示されている。

 

「使い方は簡単だよ。書いてるボタンを押せば、対応したのが出てくる……だけだね。ホントに」


 運転しながら簡潔な説明を入れる星乃は、指を立ててさらに補足した。


「ちなみに戦闘機体は個別開発オーダーメイド! どんな戦闘機体なのかは、起動してからのお楽しみなんだ〜。……今出しちゃダメだからね? 車、爆発しちゃうから」

「分かってますよ、それは」


 彼女からの白々しい忠告を軽く流しつつ、叶瀬はデバイスを手首へ装着する。

 従来のリストバンドのように自然とフィットする伸縮性があるものの、金属のようなひんやりとした感触が手首を伝った。

 

「思ったより、気にならないですね」

「でしょ〜?」


 着けてみた感想に、星乃が微笑む。

 叶瀬はこれから宇宙生物のいる場所へ行くというのに、星乃と緩やかな会話をしている自分に気が付いた。

 早くも自分は、このアルバイトに慣れてしまったのだろうか……。

 小さな変化を噛み締めているうちに、現場へ到着する。

 降りて反応を辿ると、のしのしと闊歩する宇宙生物を発見した。

 隣に星乃がいるからか、不思議と脚はすくまない。


「ようし! それじゃあせっかくだし、叶瀬くんに戦ってもらおうかな!」

「え、いきなりですか?」

「私もぶっつけ本番だったよ! だ〜いじょうぶ。ヤバそうだったら、この星乃さんが颯爽と助けてあげるからさ」


 胸に拳を当ててそう言った星乃は、手首のデバイスを見せながら操作をし始めた。

 それに習って、叶瀬も自身のデバイスを操作する。

 『戦闘機体』と書かれた仮想ボタンを押し、確認のメッセージを承認した。

 その瞬間。


「……っ!?」


 電気の駆け抜けるような感覚が、末梢神経までびりりと流れていく。

 気が付けば全身を覆う形で、周囲に半透明なホログラムが出現していた。

 ホログラムは『げるろぼ』と同じく、二頭身の巨大なシルエットを形作っている。

 しかし不定形のゼリー状である『げるろぼ』とは異なり、その形は装甲車のように分厚く角ばっていた。


「!」

 

 半透明のホログラムへ、徐々に色が付き始める。

 足元から順に、漆のような黒を基調とした色で染まっていく。

 染まり切った部分には質量が与えられるようで、足元からせり上がる黒色が、叶瀬の体を持ち上げた。

 叶瀬の体を中心に据えた状態で、色が頂点まで染まっていく。

 

 ゴオンッ!


 重い金属の音が、コンクリートの地面を揺らした。

 ホログラムの全てが染まると同時に、中からの視界がパッと開ける。

 

「おお……」


 真っ黒だった内側が一瞬にして切り替わり、直接見ているかのように綺麗な外を映し出している。

 その機体は分厚い装甲を繋ぎ合わせた、動物で例えるならサイのような重量感ある姿をしていた。

 液晶の外では、既に『げるろぼ』を展開していた星乃が宇宙生物を見据えている。

 宇宙生物もこちらに気付いたようで、ぎょろりとした4つの目を2人の方へ向けていた。

 これから、こいつと戦うのか。

 人との殴り合いすらしたことのない叶瀬は、不安で動きがぎこちなくなる。

 

「大丈夫だって~。目的は宇宙生物を倒すことじゃない。『捕獲』すること。要は動きを封じて、『捕獲装置』のワイヤーを当てられたら良いんだよ」


 星乃がゲル状の手で叶瀬の機体を軽く叩き、そんなアドバイスを渡してきた。

 倒す必要はない。ただ、『捕獲装置』で捕らえればいい。

 叶瀬は脳内で彼女の言葉を反芻すると、決心したように拳を構えた。

 機体が連動し、腰を落として拳を構える。

 すうと息を吸い込むと、前方の宇宙生物を睨み付けた。


「……加賀 叶瀬。宇宙生物を『捕獲』します!」

「いっけー!」


 星乃の声援を背に受けながら、地を蹴って走り出す。

 がうん、がうんと重い金属の音が連続して響くも、叶瀬の体にはほとんど負荷を感じなかった。

 まるで自分の体そのもののように動かせる。

 これなら……できるかもしれない!

 宇宙生物との距離が近付くにつれて、徐々に自信が湧き始めていた。


「はあっ!」


 がん! と地を踏んだ叶瀬は、宇宙生物の腕を掴もうと手を伸ばす。

 しかし見え見えの動きはあっさりと回避され、首元にカウンターの拳を叩き込まれてしまった。

 がうんと衝撃が走り、後ずさる。

 よろめいた所へ、追撃とばかりに宇宙生物が力強い回し蹴りを放った。


「ぐうっ……!」


 圧倒的な質量を伴った蹴りに胸部装甲を打たれ、姿勢を崩し後ろへ倒れてしまう。

 しかし叶瀬は蹴られた際に、宇宙生物の足首を掴んでいた。

 倒れる叶瀬に引っ張られてバランスを崩し、宇宙生物も共に地面へ倒れる。

 額に汗を浮かべながら、叶瀬は強張った無表情で宇宙生物の脚を引っ張った。


「くっ……!!」


 ギュウンと動力の稼働する音が鳴り、急に腕へ力が入る。

 宇宙生物の脚を軽々と引っ張り上げると、反対側の地面に叩き付けた。

 強い力で捻られたことにより、宇宙生物が叫び声を上げる。


「!」


 戦闘機体の中で、モニターの端に小さく青い光が出現した。

 周囲に手の形をしたマークが描かれており、青い光はその小指部分できらめいている。


 小指に何かあるのか……?

 宇宙生物の脚を掴んだまま小指を動かしてみると、トリガーのような引っ掛かりが存在することに気が付いた。

 小指に力を入れ、それを押し込む。


 ぶしゅう!


 押し込んだ途端、何かが噴射される音と共に視界が青白く染まり始めた。

 霧のようなそれは、戦闘機体のあちこちから噴射され始める。

 霧を浴びた宇宙生物は、パキパキと割れるような音を奏で肉体を青白く染め始めた。

 そしてその体が、薄い氷に覆われていく。

 戦闘機体から噴出されたのは、低温の冷気だったのだ。


 宇宙生物は唸り声を上げて暴れていたが、徐々にその動きを緩慢にさせていく。

 腕を離した叶瀬は立ち上がり、自身の手首デバイスを操作し始めた。

 『捕獲装置』のボタンを押下すると、機体がガウンと音を鳴らして揺れ動く。

 腕の装甲が開き、中から筒状の『捕獲装置』が展開された。

 立ち上がろうとする足元の宇宙生物へ狙いを付け、トリガー代わりに手首を曲げる。

 するとネット状の拘束弾が飛び出し、宇宙生物の体を覆った。

 

 網で包み込むように捕獲された宇宙生物は、浜辺に打ち上げられた魚の如く、身をよじらせることしかできない。


「……はあ」


 宇宙生物が網を破らない事を確認すると、叶瀬は詰まっていた息を吐き出した。

 ひとまずこれで、『捕獲』は成功なのだろうか……?


「すごい! 『捕獲』できたじゃん!」


 そんな叶瀬の心配を、どむどむと駆け付けてきた星乃の歓声が吹き飛ばす。


「なんか……ちょっとしか動いていないのに、すごく疲れました」

「ま、最初はそんなもんだよ〜。……それにしても、その戦闘機体かっこいいな? なんか、凍る霧みたいなの出してたし」


 叶瀬の言葉にそう返した星乃は、彼の戦闘機体をまじまじと観察し始めた。

 漆黒を基調とした重厚な色合いに、装甲車両のように角ばったパワフルな外観。

 星乃の『げるろぼ』とは、真逆のような姿である。


「星乃さんのとはずいぶん違いますね」

「私のはちょっとだけ特別なんだよね~。……まあ、新技術の試作機みたいなものってだけだけど」

 

 2人が談笑を繰り広げていたその時、叶瀬は星乃の背後で何かが動くのを見た。

 青く滑らかな体に、ぎょろりとした4つの目。

 咄嗟に先ほど捕獲した宇宙生物を見るが、きちんと拘束されたままになっている。

 先ほど捕獲したものとは、違う個体なのだ。

 星乃はそれに、気が付いていない。


「っ!」


 危険を予測した叶瀬は、星乃を軽く押し退けつつ足を踏み出した。

 ごうん、ごうんと重い金属の音を立てながら低く構え、背後に近付いていた宇宙生物へタックルを仕掛ける。

 全速力の巨大な質量は、宇宙生物を派手に押し倒した。

 

「待て! 待て!」


 拳を振り上げたその時、叶瀬の耳に制止を促す声が聞こえてくる。

 星乃の声ではない。

 かと言って、回収班が来ているわけでもない。

 

「なっ……」


 その声は、目の前にいる宇宙生物の口から発せられていた。

 今起きた出来事を、叶瀬の脳がありえないと拒絶する。

 きっと聞き間違いだろうと、認識と現実とが乖離していた。

 固まる叶瀬を見て、目の前の宇宙生物が再び口を開く。


「私は敵ではない。落ち着いてくれないか」

「……!」


 言葉はやはり、宇宙生物の口から発せられていた。

 駆け付けてきた星乃もその声を耳にし、2人は凍り付いたように動きを止めて目を合わせる。

 一呼吸を置いた後、星乃のとんでもない声量が静寂をぶち破った。


「しゃ、喋ったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」

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