第6話 対立

 車から降りた星乃たちに気付き、ロボットは頭だけをこちらへ向ける。

 『げるろぼ』に近い大きさをしているが、二頭身の『げるろぼ』とは異なり、すらりとした人間に近い体型を有していた。

 体も鉄の装甲で覆われており、白と赤で構成された色合いからは静かな凶暴性が感じ取れる。

 ロボットは星乃の到着に気が付くと、肩を軽く落として呆れるようなリアクションを取った。


「はっ、宇宙生物はもう片付けちまったよ。お前の出る幕はねえ」


 ロボットがそんな声を発した後、装甲が放熱板を露出させて薄い煙を吐き出す。

 そして内側へ折り畳まれていくような挙動で格納されていくと、中から1人の女性が姿を現した。

 星乃や叶瀬と同じくらいの歳に見えるが、短い茶髪に鋭い目という見た目から気の強さが滲み出ている。

 その手首には星乃と同じデバイスを付けており、『SROFA』の人間だということが見て取れた。


千帆ちほ……」


 星乃が小さな声で、彼女の名を呟く。

 千帆と呼ばれた女性の足元で、宇宙生物が横たわっていることに気が付いた。

 彼女に踏み付けられている宇宙生物は血に塗れて動かなくなっており、既に絶命している事が明らかである。

 状況からして、彼女が戦闘機体を使って殺害したのだろう。


「『捕獲』なんてバカみたいなこと、まだやってんのかよ?」


 吐き捨てるような、怨念をぶつけるような彼女の言葉に、星乃はムッと眉をひそめた。

 

「宇宙生物を絶滅するまで殺して回るよりは、マシだと思うけど?」

「絶滅させなきゃ『テッカー症』が広まるばかりだろ!」

「その解決策を探すために、捕獲してるんでしょ!」

「できてねぇから、殺して回ってんだよ!」


 星乃と千帆はくっ付くぐらいに互いの頭を近付けながら、ぎゃあぎゃあと言い争いを始める。

 そんな2人の間に、叶瀬の無表情が割って入った。


「あの……」

 

 叶瀬の介入により、星乃と千帆は我に返ったように一歩退く。

 睨み合いは、続けたまま。


「『回収班』は呼ばなくて良いんですか?」


 叶瀬が素直な疑問を口にすると、千帆は思い出したように携帯端末を取り出して回収の要請を出した。

 2人の険悪な空気も少しだけ落ち着いたようで、ひとまずは安心する。

 代わりに、千帆の睨みは叶瀬の方へ移ってしまった。


「お前、新しい『捕獲班』か? 『駆除班』に来いよ。見境なく人を襲って病気をばら撒く害獣の世話なんか、そこの奴みたいな変人がやる事だぞ」

「なにぃ~?」


 千帆に指を向けられ、星乃が片眉を吊り上げる。

 叶瀬は少し黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「僕も宇宙生物はいなくなるべきだと、根絶させるべき存在だと考えていました。ですがそれでは……何も進まない。人々の犠牲を無意味なものにしたくない。意味を持たせたい。だから僕は、『捕獲班』を続けます」


 真っ直ぐな目で千帆を見て、素直な気持ちを伝える。

 その言葉を聞いた千帆はバツの悪そうな表情を浮かべると、突っぱねるように背を向けた。


「そうかよ。せいぜい化け物と仲良くやってな」


 捨て台詞を吐き、その場を立ち去っていく。

 回収班が到着した音に気が付いた星乃は、叶瀬の方を向いて空笑いを見せた。

 

「帰ろっか」


 


 帰りの車内にて、星乃が怒りを噴出させている。


「ぐぐぐぐぐぅ……悔しい!!」


 ハンドルを強く握る彼女は、心なしか運転が荒い。


「あれが『駆除班』ですか?」

「そう! 世間的にはこっちの方が有名だよね」


 叶瀬が質問を入れると、星乃は少しだけ平静を取り戻し答えてくれた。

 叶瀬は『駆除班』のことをよく知っている。

 ニュースやSNSで宇宙生物の話題が上がると、だいたいセットで出てくる存在だ。

 市民を守り、『テッカー症』の感染蔓延を防止すべく宇宙生物を殺害する集団。

 『SROFA』といえば宇宙生物の殺害を担っている、というイメージが付いているほどの存在であった。

 実際、叶瀬も『捕獲』のアルバイトと聞いて胸中で首を傾げていたものである。


「『駆除班』も求められているから存在している。だから別に悪いわけじゃないと思うの。ただ……千帆に調子に乗られるのが、悔しい!!」


 そこまで言った星乃が、声にならない声を上げながら、悔しげに顔を強張らせた。

 彼女をじっと見ていた叶瀬は、半分独り言のように呟く。

 

「星乃さんがあんな感じになるの、ちょっと意外でした」


 叶瀬から見た星乃という人物は、いつもへらへらと緩く、時たま真面目になる人、というイメージであった。

 それ故に、千帆へのぶっきらぼうな対応を見て少し驚いた部分がある。

 指摘された星乃は「あー……」と気恥ずかしそうに目を逸らしながら、わけを話した。


「千帆とは『SROFA』に入った時期がほぼ一緒で、まあ……前から性格というか、方向性が合わなくってさ。向こうがあんな感じだから、こっちもつい熱が入っちゃって……」


 いつもの緩い雰囲気に戻りつつ、あははと空笑いをする。

 気まずくなった彼女は自身の事から話を逸らすべく、話の中心を叶瀬へ移そうとした。

 

「それを言ったら、叶瀬くんだって。宇宙生物がいっぱい収容されているのを見ても死体を見ても、顔一つ動かさなかったじゃん。落ち着いてるっていうか、落ち着きすぎてるよ」


 自身の無表情を指摘された叶瀬はぎくり、と体を固まらせる。

 言うべきだろうか。

 叶瀬は少し迷った後、意を決して口を開いた。


「本当は、結構驚いてたんです。ただ……」

「ただ?」

「感情が、顔に出せなくって」


 首を傾げた星乃へ、吐き出すように話を続ける。


「笑ったり、泣いたりする方法が分からなくなってしまったというか……内心では色々と思っているのですが、うまく表現ができないんです」


 そう語る叶瀬の無表情は、どこか苦しそうに見えた。

 母親が勝手にアルバイトの面接を取り付けた時も、初めて宇宙生物と遭遇した時も。

 星乃と再開し、『SROFA』の戦闘機体を初めて見た時も。

 宇宙生物が大量に収容されている光景を見た時も、千帆によって切り刻まれた死体を目撃した時も、叶瀬の胸中では様々な感情が渦巻いていた。

 だが、それを顔に出すことができない。

 

「星乃さん達にも、嫌な思いをさせてしまったかと思います」


 この無表情が原因で、今まで色んな人から誤解を受けてきた。

 対して星乃はどんな感情も素直に表現する、自分とは正反対の人である。

 真逆の存在だからこそ、この悩みを伝えようとしたのかもしれない。


「じゃあ……別に機嫌が悪かったわけじゃなかったんだ?」


 叶瀬の告白を聞いた星乃は信号でブレーキをかけると、眉を吊り上げてそんな質問を返した。

 叶瀬は、こくりと小さく頷く。

 それを見た途端。


「良かったぁ〜〜〜……! 私、ずっと嫌われてるのかと思ってたよ〜」


 星乃は顔を緩めて、安心したように息を吐き出した。

 意外な反応に、叶瀬の胸中は安堵と困惑とが混じり合う。

 

「そうだ!」


 車を動かしながらニコニコしていた星乃が、閃いたように顔を上げた。


「じゃあさ、私協力するよ。叶瀬くんが、感情を表現できるように!」

「え」


 思わぬ言葉に、叶瀬は星乃の横顔を見る。

 彼女の顔には、嘘偽りや気休めの雰囲気は感じられなかった。

 思ったことを素直に提案しただけの、ただただ純粋な表情がそこにある。


「叶瀬くんはこれから、『捕獲班』で一緒に働くことになるからね。困っている事は、手伝わせてよ。だから……よろしく、"相棒"!」

「"相"……"棒"……」


 星乃が言った単語を、静かに反芻する。

 彼女のセリフは、叶瀬の顔に覆われた氷を、ほんの少しだけ溶かしてくれたように感じた。


「はい。よろしくお願いします」

「ちなみに、今はどんな気持ち?」


 叶瀬の無表情に、覗き込んできた星乃が問いかける。

 浮かんだ今の感情を、そのまま伝えた。


「……結構、嬉しかったです」

「そっかぁ〜! へへへ〜」


 その答えが聞けた星乃は、溶けるような笑顔を返す。

 澄み渡る青空のように、深い色を映し出す海原のように。

 叶瀬から見た彼女は、純粋そのものであった。

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