第5話 監獄

 帰りの車に揺られながら、叶瀬はさっき目の前で起こった出来事を思い起こす。

 戦闘機体と呼ばれるゼリー状の巨大な体、『げるろぼ』をまとった星乃が宇宙生物を撃退し、臼河をはじめ特殊清掃のような恰好をした人達がそれを回収していった。

 10年前の自分なら、ホラ話だと笑っていたことだろう。

 そんなことを考えていた叶瀬へ、運転していた星乃がぽつりと質問を差し出してきた。


「叶瀬くんはさ。宇宙生物のこと……どう思ってる?」

「どう、って……」


 突然の質問に、叶瀬は少しだけ考える。


「人は襲うし、テッカー症は広めるし……迷惑な奴らだと思います。早くいなくなればいいなって」

「そうだよね〜……叶瀬くんは、実際に襲われたわけだし……」


 思い付く限りの悪印象を答えると、星乃が頷きながら同意を示してくれた。

 だが、そこには少しだけ含みが感じられる。

 それは当たりだったようで、彼女は前を向いたまま静かに口を開いた。


「そんな叶瀬くんに言うのもアレなんだけど……私はね。宇宙生物のことを、もっと知りたい」


 信号が赤になり、緩やかなブレーキがかかる。

 夕日に照らされる星乃の横顔は、どこか神秘的にも思えた。


「宇宙生物には、ある程度の知性が確認されているんだって。もし彼らの行動原理を理解することができて、それで……彼らが振り撒くテッカー症を抑える方法が確立されたとしたら」


 発する言葉に少しずつ熱を込めながら、星乃は叶瀬の顔を見る。

 次の瞬間、弾けるようなとびきりの笑顔を見せた。


「私たちと宇宙生物とで、一緒に暮らせる日が来るかもしれない! そんな未来があったらちょっとだけ、ステキだなって思うんだよ」


 そう口にした彼女の姿は、まるで夢を語る少女のようだった。

 再び動き出した車の中で、前へ顔を戻した星乃が言葉を続ける。


「本当に相容れない存在かもしれないし、できるかどうかは分からない。けど、私はできる方に賭けたい。そのために、私はここでアルバイトを続けているの」


 宇宙生物は理解のできない化け物だ。

 人を襲い、未知の病原体をばら撒く厄介者で、排除すべき存在である。

 そんな風に考えていた叶瀬だったが、彼女はまるで違う視点から宇宙生物を見ていたのだ。

 もしかすれば、共存ができるかもしれない存在であると。


「まあ、叶瀬くんは殺されかけたわけだからなー……」

「そうですね。宇宙生物は危険で、排除するべき存在だという気持ちは変わりません。……ですが」


 申し訳なさそうに頭を掻く星乃へ相槌を打ちながら、呼び止める。

 疑問符を浮かべて振り向いた彼女に、叶瀬は自身の考えを伝えた。


「『宇宙生物のことを知りたい』という気持ちは、確かにあります。星乃さんと、同じように」


 奴らはどこから降ってくるのか。

 『テッカー症』とは何なのか。

 そして、なぜ人を襲うのか。

 分からないことだらけな宇宙生物の謎を、人類は解き明かすべきだと思う。

 

「だから……これから、よろしくお願いします」

 

 そんな彼の言葉を聞いた星乃は、まるで花が開いたようにパァと笑顔を見せた。


「うん! よろしく!」

 

 彼女の嬉しそうなその笑顔は、とても眩しかった。


 

 

 次の日。

 『SROFA』に出勤した叶瀬は、星乃と共にエレベーターへ乗っていた。

 空間ごと下へ降りていく感覚を感じながら、星乃の説明を聞く。

 

「宇宙生物が現れたら、昨日みたいに『捕獲』に出なきゃいけないんだけど。そうでない日は、別の仕事をするよ」


 美優が言っていた、『捕獲した宇宙生物のお世話』のことだろうか。

 叶瀬の予想は的中のようで、星乃は少しだけ引き締まった顔つきになって説明を始めた。


「『捕獲』した宇宙生物は、この建物の地下に収容されてあるの。その子たちのお世話をするんだよ。いっぱいいるから、ちょっとびっくりするかも」


 1体いるだけでも恐ろしく感じた宇宙生物が、収容されてあるとはいえ沢山いる。

 そんな事実を彼女から聞かされ、叶瀬は全身の筋肉が硬直するような感覚を覚えた。

 エレベーターが停止し、静かに扉が開く。


「っ……」


 開いた先に現れたのは、例えるならば……。

 宇宙生物の『監獄』であった。

 一本の廊下を中心として、左右に鉄扉が連なっている。

 扉の一部には強化ガラスがはめ込まれており、そこから宇宙生物が収容されている姿を確認できた。

 その圧倒的な数に、叶瀬は言葉を失ってしまう。


「宇宙生物の研究は、基本的にここで行われてるの。んまぁ、あんまり成果は出てないみたいだけど……」


 そう語る星乃はヘラヘラとしているが、話し方に昨日ほどの緩い雰囲気は感じなかった。

 彼女もこの設備に思うところがあるのだろうか。と考察しながら、彼女に続いて廊下を進み始める。

 左右から感じる宇宙生物の圧力が、迫り来る壁のようだった。

 すれ違う、防護服を着た研究員と思しき人達の姿が、この場所の過酷さを体現している。


「ここで何をするんですか?」

「宇宙生物たちにご飯を作ったり、体調を見たりするのが主な仕事かな。……と、ここが作業所」


 叶瀬の質問に答えながら、星乃は前方に立ち塞がっていた金網の壁を指した。

 金網越しに、少し開けたスペースが見える。

 脇に設置されていた機械へ専用のカードを通すと、金網の扉が音を立てて開いた。

 通り抜けた先の開けたスペースでは、壁にいくつも並べられた扉を、防護服や白衣を着た者たちが出入りしている。


「そしてここが、私たち『捕獲班』の活動場所!」

 

 ある一室に到着した星乃は、そう言って引き戸に手をかけた。

 

 からから。


 開かれた扉の先には、リビングルームのような部屋が広がっている。

 部屋の中心に長机があり、その周囲を取り囲むようにパイプ椅子が並んでいた。

 壁には沢山のファイルが収納された大きな戸棚がそびえ、奥には台所が存在している。

 扉を振り返ると、この部屋の種類として『事務室』と書かれてあった。


「ここでご飯を作ったり、食べ具合とか気になる事を記録したりするんだよ。……とにかく、1回やってみよっか!」

 

 星乃が脇を締めてグッと拳を握り、『宇宙生物のお世話』の業務を叶瀬に教え始める。

 よく分からない食材を使って頭数分の食事を用意し、宇宙生物の収容されている場所へ配っていく。

 強化ガラスから様子を覗き見て、状態をファイルに書き込んでいく。

 なんだか、動物の観察記録を取っている気分だ。

 

 叶瀬はすぐに業務を理解することができ、星乃の説明を次から次へとこなしていった。

 いつの間にか事務室へ来ていた『捕獲班』の美優が、机で記録している叶瀬の姿を見て感心の声を上げる。


「覚えるの早いなぁ~。優秀優秀」

「もう半分ぐらいできるようになっちゃったよ。凄いよね」

「星乃なんて、足滑らせて飯ぶちまけてたのにね」

「ちょっと!」


 余計な記憶を掘り起こされ、星乃がぷんすかと抗議した。

 女子2人が賑わっているのをよそに、叶瀬は手元のノートへひたすら記録していく。

 その時、アラーム音が事務室に響き渡った。

 先日も聞いた、『宇宙生物の出現』を示す音である。

 さっと顔を上げると、星乃と美優も会話を止めて各々の手首を見ていた。

 

「私と叶瀬くんで行きまーす!」

「はい、任せた!」


 2人は短い言葉で意思疎通を行った後、星乃は叶瀬にアイコンタクトを取る。

 意図を理解した叶瀬は頷いて即座に席を立つと、彼女と共に事務室を飛び出した。


 宇宙生物がいると示された場所へ、車を走らせる。

 しかし目的地へ着く直前、宇宙生物の位置を示す赤い光が突如としてモニターから消滅した。


「!」

 

 光の消失を見た星乃は、眉をひそめて苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「あー……」


 不穏な呟きをしながら目的地へ到着すると、前方の道路に大きな影が立っていた。

 しかし、それは宇宙生物ではなく。

 金属製の細やかなパーツで構成された、ロボットであった。

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