第4話 あっけない初日
捕獲が完了した星乃は『げるろぼ』を解除すると、携帯端末でどこかへ電話をかけ始める。
拘束を解こうともがいている宇宙生物を横目に、電話先へ報告を行った。
「確保したよ。……うん、うん。……ちゃんと頭部は避けたって! ……ん? ああ、2人ともケガは無し。……うん。じゃ、よろしくお願いしまーす。はぁい」
車内で話していた時のような柔らかく明るい口調で、されどハキハキと情報を伝えていく。
ヘラヘラと笑っていた車内の時とはまた違う、纏まりのある雰囲気が少し意外だった。
電話を切った彼女は、叶瀬を向いて小さく微笑みかける。
「とりあえず、私達の仕事はこれで終わり。後は、『回収の人』が来たら帰れるよん」
星乃から業務の終了を伝えられると、叶瀬は行き所の無くなった視線をゆるりと泳がせた。
どこを見るわけでもなく動かしていた視界が、捕まっている宇宙生物を見て停止する。
いくら暴れても解けない拘束に力尽きたのか、その青い巨体はぐったりと横たわっていた。
好奇心からつい見入ってしまうが、その常識外れな姿に本能が拒否反応を示している。
「これが、宇宙生物……」
「ある日を境に、空から降って来るようになった謎の生き物。じっくり見るのは初めて? 凄いでしょ」
呟いた叶瀬の隣に、星乃が現れた。
"宇宙生物"は、飛来から2年が経った今でも謎だらけの存在である。
分かっているのは、奴らが『テッカー症』を発症させるウイルスを保有している事と、人間に殺意を持っていることだけだ。
どこから飛来しているのかさえ、解明されていない。
「人間なんてイチコロなんだよ。あんまり近寄らないようにね~」
星乃は恐ろしさをコミカルに表現するべく、力こぶを作るジェスチャーを見せた。
持ち上げられた右手首にある、リストバンド型のデバイスが目に留まる。
あれを押した瞬間に、星乃の体をゼリー状の膜が覆って巨大化していた。
SROFAの有する兵器であることは知っているが、叶瀬はそのデバイスが気になって仕方がない。
「その機械は一体、何なんですか?」
叶瀬の指し示す方向を辿り、星乃は自身の手首にあるデバイスの事を言っているのだと気が付いた。
ふふんと楽しげな笑みを見せると、彼女はデバイスを見せびらかすように叶瀬へ向けた。
「これはねぇ、宇宙生物を捕まえるための装置だよ! 今あいつに絡まってるワイヤーを発射する装置と、無力化させるための戦闘機体が収納されてあるの」
言いながらデバイスを操作した星乃の体へ、先ほどのようにゼリー状の膜が出現する。
膜は一気に膨れ上がり、二頭身の巨大な体を形作った。
その大きさは叶瀬の倍近くあり、彼よりも背の低かった星乃が今はこちらを見下ろしている。
改めて見ると、とてつもない迫力だ。
中の星乃が得意げに腰へ手を当て胸を張ると、ゼリー状の体が連動して同じポーズを取る。
「これが私の戦闘機体。ゲル状のロボットだから『げるろぼ』! 見た目はちょっとヘンテコだけど、ちゃんと……」
「コラァ星乃ォ! 終わってんだったら、さっさと戦闘機体を解除しろぉ!」
星乃が『げるろぼ』について語り始めようとしたその時。
彼女の言葉に被せる形で、
反射的に振り向くと、白い作業着に身を包んだ集団がこちらへ向かってきている。
その先頭に立っていた人物……先ほどの声を発したと思しき男性を見た星乃は、「やばっ」と呟き『げるろぼ』を慌てて解除した。
彼らが星乃の言っていた、『回収の人』だろうか。
「いや~。どうもどうも
「待てい」
へらへらと白々しい笑いを残して立ち去ろうとした星乃の後ろ襟を、臼河と呼ばれた男性が引っ掴んで食い止める。
諦めたように振り返った星乃へ、臼河は呆れたような困ったような複雑な表情を向けた。
「……不必要な武装をするんじゃないよ。戦闘機体はあくまで、宇宙生物と戦うためのものだからな」
「はぁい」
諭すような臼河と口を尖らせる星乃の様子から、普段からの関係が伺える。
臼河は無精ひげを生やして疲れの染み付いた顔をしており、大変な立場なのだろうことが窺えた。
彼の後ろでは他の作業員達が、横たわる宇宙生物を観察して何やら話し合っている。
「この人たちがさっき言ってた、『回収の人』。捕まえた宇宙生物を持って帰ったり、現場の掃除とかをやってくれる人だよ」
「『回収班』な。徹底的に片付けないと、臓器とか、染み付いた血液まで盗みに来る馬鹿がいるし……何より、テッカー症が広まるかもしれないからな」
星乃が手を向けて彼らを紹介すると、臼河は補足をしながら叶瀬へ手を差し出し握手を求めた。
「『捕獲班』の新しい子か? 回収班の
「人を問題児みたいに言わないで!」
気の抜けた挨拶に挟まれた臼河の嫌味へ、星乃が軽く抗議を入れる。
叶瀬が差し出された手を掴んで握手すると、臼河はこちらの目を見て小さく頷いた。
「ま。色々と大変な仕事だが、すぐに慣れるもんだ。金払いもいいしな。『テッカー症』は宇宙生物に近付くだけで感染の可能性がある。感染すると発熱とか倦怠感が起こって、重症化すると亡くなる例もある。戦闘機体を着ていない状態で、あんまり近付くんじゃないぞ」
「戦闘機体にはフィルター機能が備わっているから、近付いても大丈夫!」
「着ていても、不用意には近付くな~」
星乃の補足に言葉を返しながら、臼河はその場を離れて他の作業員の元へ合流していく。
台車のような機械やら巨大な清掃道具やらを持ち運んでいる作業員たちを見ていると、星乃が軽く肩を叩いてきた。
「後はあの人たちが片付けてくれるんだ。帰ろ」
こうして『宇宙生物の捕獲アルバイト』初日は、あっという間に終わりを迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます