第3話 『げるろぼ』、起動!

「加賀 叶瀬くん。今日から『捕獲班』で働くことになったの」

宮本みやもと 星乃ほしのです! よろしく、叶瀬くん!」


 美優の紹介を受け、星乃と名乗った水色の髪の女性が立ち上がって敬礼のポーズを取る。

 溢れんばかりの快活な雰囲気が、周囲をほのかに照らしているようだった。


「いやぁそれにしても、すっごい偶然だね〜。まさかあの時助けた人が、ここに来るなんて。『捕獲班』も2人しかいなかったし、嬉しい」


 星乃は脱力して椅子に座り直し、そう言ってにひひと微笑む。

 彼女の口にした『2人』という言葉が、叶瀬の頭に引っかかった。


「えっと、2人しか……いないんですか?」

「そ。『捕獲班』は私と、美優さんの2人だけ。他の人は……」


 叶瀬の質問に答えようと、星乃が口を開いたその時。

 

 ビーッ!

 ビーッ!


 突如、警告音にも似たアラーム音が鳴り始めた。

 その音に言葉を止めた星乃は、チラリと自身の手首を見る。

 音は、彼女の右手首に装着されていたリストバンド型のデバイスから発せられていた。

 美優の手首にも同じものが装着されており、コーラスのように同じアラーム音を鳴らしている。


「ぅお。……どうする?」


 星乃と美優の2人は大して驚く様子もなく、互いに目を合わせて何かの相談を持ち掛ける。

 美優は一瞬だけ斜め上を見て思考に入った後、思い切ったように叶瀬へ顔を向けた。


「……叶瀬くん! いきなりで大変だろうけど、星乃と一緒に『捕獲』行ってきて!」

「え、『捕獲』って……?」

「振ってきたんだよ、宇宙生物が!」

 

 急な指令に困惑する叶瀬は、速攻で立ち上がった星乃に手首を掴まれる。

 そのまま物凄い力で引っぱられ、ロビーを飛び出して駐車場へと走った。


「いやぁ、悪いねぇ。いきなり、宇宙生物の捕獲になんか同行させちゃってさ」

 

 走る車の中。

 ハンドルを握る星乃が、へらへらとした顔で助手席の叶瀬に謝る。

 彼女はだいだい色のTシャツに黒のショートパンツとラフな格好をしており、その柔らかい表情も相まって、『宇宙生物の捕獲』とは程遠い雰囲気を発していた。

 本当にこの人が、この前自分を助けてくれた人なのだろうか……?

 自身の記憶を疑い始めた叶瀬だったが、あの時の身体的特徴と一致しているため認めざるを得ない。

 星乃はへらへらとした表情を戻すと、今度は少し不安げな顔で叶瀬を見た。


「そういえば、お母さんは大丈夫だった……?」


 そして、意識を失っていた母親のことを叶瀬に尋ねる。

 星乃は救急隊が来た時点で叶瀬と別れており、母親のその後を知らなかった。

 

「はい。大きな怪我もなく、テッカー症にも感染していなくて無事でした。あの時は……ありがとうございました」


 叶瀬が表情を変えずにそう答えると、星乃は「よかったぁ~」と安堵の息を吐く。

 緩んでいた姿勢を正すと、彼女は他愛のない雑談へと話題を切り替えた。


「叶瀬くんってさ、いくつなの?」

「18です」

「え近っ! ……てことは、私が1コ歳上になるのか。でもタメ口でいいからな〜?」

「分かりました」

「もう敬語じゃん!」


 無表情のままあっさり答える叶瀬と自身との温度差に、星乃はフフフと微笑む。

 と、そんな空気から一転。

 彼女は突如、何かに気付いて急ハンドルを切った。


「ッ!?」


 車内の重力がぐわんと傾き、2人の体が横方向へ強く引っ張られる。

 カーアクション映画でしか見たことのないような方向転換が行われたにも関わらず、ハンドルを戻す頃には星乃の顔はへらへらとした笑みに戻っていた。

 

「いやぁごめんごめん。が動いてたから、焦っちゃった」


 星乃はそう言って、ダッシュボードに設置されてある小型のモニターを指し示す。

 指を辿ってモニター画面を覗いてみると、周辺道路の雑把な地図が映っていた。

 その中に1つだけ、赤く灯っている光のアイコンがある。


「ここに、宇宙生物がいるんだよ」


 星乃は静かに口角を上げ、その正体を口にした。

 現在位置から見ると、赤い光との距離はかなり近い。 

 画面を見ただけではいまいち実感が湧かなかったのだが、カーブを曲がった先の景色がそれを証明してくれた。


「っ……」

 

 前方に潰れた車両や折れ曲がった信号機があり、道路を塞いでいるのである。


「あら……こりゃ大変だなぁ。よし、降りるか!」


 ブレーキをかけながらチラリとモニターを確認した星乃は、そう言って素早く外へ出た。

 叶瀬も彼女に続いて、慌てて車から降りる。

 潰れた車の間をすり抜け、その先の大通りへと足を踏み入れた。


「……!」


 くぐり抜けた先の景色を見た叶瀬は、思わず足を止めてしまう。

 それは、人の気配が消え失せている道路の上で。

 逆光に照らされて蠢いている、宇宙生物の姿を見たからだ。


「宇宙生物……」

 

 そいつはまるで、近所へ散歩にでも来たかのように車道を闊歩している。

 1歩ごとに発生する僅かな振動が、中身の詰まった本物である事を証明していた。

 一昨日の出来事が、叶瀬の頭をよぎる。


「叶瀬くん。危ないから、ここで待っててね」


 記憶の呼び起こしを遮るように、星乃が変わらない調子で声をかけてきた。

 そうして前方の宇宙生物へ、臆することなく近付いていく。

 双方の距離が数十メートルに近付いた所で、宇宙生物も彼女に気が付いた。

 奴の持つ4つの目が自身へ集中するも、星乃は至って落ち着いた様子を保っている。


「ようし、やるか!」


 気合を入れるように両肩を回した彼女は、右手首に装着されていたリストバンド型のデバイスを操作し始めた。

 手慣れた動きで表示画面を操作していくと、画面にスイッチのようなアイコンが出現する。

 スイッチへ左指を添え、星乃はニイと口角を持ち上げて宇宙生物を睨んだ。


「『げるろぼ』、起動!」


 高らかにそう叫び、デバイスに表示されたスイッチを強く押下する。


 その瞬間。


 どこからともなく出現した膜のようなものが星乃を包み込み、モコモコと膨張を開始した。

 一昨日と同じだ。

 ゼリー状の膜は彼女の身体を中心として、二頭身の巨人を形作っていく。

 このゼリー状の巨人が、彼女の言う『げるろぼ』なのだろうか。


「グイ……!」


 いきなり自分よりも大きな存在が出現したことで、宇宙生物は少しだけたじろいだ。

 中にいる星乃がファイティングポーズを取ると、彼女を覆う『げるろぼ』が連動して同じポーズを取る。


「よーし、行くぞ!」


 元気よく発破をかけた星乃が、全力で走り出した。

 どむん! どむん! と鈍い音を立てながら走る『げるろぼ』と、同じく走り出した宇宙生物とが真正面からぶつかり合う。

 どむぅん! とひときわ大きな音を弾いて、『げるろぼ』と宇宙生物は両手を掴み合った。

 ゼリー状の体はその見た目に反して質量があるようで、信号機をへし折る筋力を持つ宇宙生物をしっかりと抑え込んでいる。


「はっ!」


 星乃は両腕を振り上げて宇宙生物の手を弾き返すと、空いた腹部へ前蹴りをお見舞いした。

 宇宙生物がよろめいたのを見て、すかさず足を踏み込む。

 迎撃として放ってきた横一文字の爪をひらりと潜り抜けると、腰の入った拳を宇宙生物の腹部へ叩き込んだ。


「ガアッ……!?」


 大気が振動するほどの重い一撃が炸裂し、宇宙生物の巨体が後方へと吹き飛ばされる。

 コンクリートの地面を転がり、宇宙生物は苦しげな声を上げた。

 星乃は歩み寄りながら手首のデバイスを操作すると、狙いをつけるように右拳を向ける。


 ばしゅうッ。

 ばしゅうッ。

 

 するとゼリー状の腕から、2発のワイヤーが発射され、宇宙生物の体へ絡み付いた。

 雄叫びを上げてもがく宇宙生物だったが、上腕と足首部分を囲うように巻き付けられたワイヤーはびくともしない。


「……」

 

 あっけなく感じてしまうほど、迅速な『捕獲』であった。

 巨大な体同士が戦っていた迫力は嘘だったかのように、終わった途端の静けさが支配する。

 急激な温度差に立ち尽くしていた叶瀬へ、星乃が振り返りつつ親指を立てた。


「これが私達の仕事、なんだよね!」


 彼女はそう言って、片目を瞑ってみせる。

 これが……自分が今日から働くことになったアルバイト。

 叶瀬は自身の胸中で、他人事だと思っていた世界が他人事では無くなり始めていることを実感した。

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