第2話 SROFAへようこそ

「グウウウウウ……!」


 ぐったりしていた宇宙生物がうめき声を上げ、車を潰して立ち上がろうとしていた。

 

「おっと」


 気付いた女性が片腕を向けると、彼女を覆うゼリー状の巨体が連動し、同じく腕を宇宙生物へと向ける。

 その腕にはいつの間にか、先ほど持っていたライフルのような装備が装着されていた。

 

 ばしゅうッ。

 ばしゅうッ。

 

 ガスの抜けるような音が2度飛んだ後、銃口から黒いワイヤーが2発放たれる。

 発射されたワイヤーは宇宙生物の両腕と両脚へ絡み付くと、ぎちぎちとその体を縛り上げた。

 かなり頑強なつくりをしているようで、宇宙生物がいくら暴れてもびくともしていない。


「はぁ」


 宇宙生物が無力化されたことでホッと息を吐いた女性が、慌てたように叶瀬へ声をかけてくる。


「大丈夫!? ケガはない?」

「僕は特に……それよりも、母が車に」

「!」


 叶瀬の指した車を見て瞬時に理解した彼女は、ゼリー状の巨体を動かして車を持ち上げた。

 「大丈夫ですか!」と声をかけながらゼリー状の手を車内へ突っ込み、母親を外へ救出する。

 近くの歩道へ優しく寝かせると、彼女は手首に装着していたリストバンドのようなデバイスを操作し始めた。


「待ってて。『救急の人』呼ぶから」


 それだけ言うと、彼女の体を覆っていたゼリー状の巨体がパッと弾けるように消滅する。

 着地によろめきながら携帯端末を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。


「……終わったよ。ケガ人がいるから、とりあえず『救急の人』をお願い。死亡者は多分……なし! けど、意識不明者が1人。息はある。あと、軽傷っぽい人が1名。それ以外は大丈夫かな。……うん。……はい、じゃよろしくお願いしまーす。はぁい」


 周囲を見渡しながら、女性は緩い口調ながらしっかりと電話先の相手に状況を伝えていく。

 通話を終えた彼女は叶瀬の方を振り向くと、安心させようと小さく頷いた。


「すぐに来ると思うよ。お母さん、無事だといいね」

「ありがとう……ございます」

 

 怒涛の展開に混乱する頭の中で、叶瀬はどうにか感謝の言葉を絞り出す。

 『宇宙生物』に『SROFA』。

 ずっと他人事だと思っていた存在に出会ったことで、今日は叶瀬にとって忘れられない日となった。



 

 波乱に満ちたあの日から、2度の朝が通り過ぎる。

 叶瀬はとあるオフィスビルのロビーにある、鏡の前に立っていた。

 鏡の中の自分は、口の端を指で持ち上げ笑みを作っている。

 だが、指を離せばすぐ無表情に戻った。


「……はあ」


 ため息を吐きながら、壁に掛けられてある時計の針をチラリと見る。

 今日は母親が申し込んでいた、アルバイトの面接へ来たのだ。

 『SROFA』。

 2日前にちょうど、叶瀬が命を救われた仕事でもある。

 叶瀬が今いるオフィスビルは、SROFAの建物なのだ。

 ロビーには丸机と椅子が並べられており、社員達が休憩を取っている。


「もしかして、面接の子?」

「!」


 唐突に背中へ声が投げかけられ、叶瀬は反射的に振り返った。

 振り返った先では、背が高めの女性が立っている。

 栗毛の髪から垂れ下がる社員証が、ここの職員であることを証明していた。


「はい」

「ああ、やっぱり!」


 叶瀬が短く答えると、女性はぱぁと電球のような笑顔を見せる。

 そして叶瀬に歩み寄り、右手を差し出して握手を求めた。

 

「私は日下部くさかべ 美優みゆう。ここ『SROFAスローファ』の、『捕獲班』班長をしています。よろしく!」

「よろしく……お願いします」


 美優と名乗った女性の勢いに若干押されながらも、叶瀬は手を取って軽い握手を交わす。

 手を放した美優は「あっちで聞こうか」と、ロビーの奥にある応接室を指し示した。

 歩いている間に、美優が早速説明をし始める。

 

「仕事内容は見た? 『宇宙生物の捕獲』と、『捕獲した宇宙生物のお世話』。あとは状況次第で、適当な雑務をお願いすることがあるかも。『捕獲班』は人が少ないからさ、キミはパッと見で大丈夫そうだし、もう採用しちゃおうかな~って思ってるんだけど……どう?」

「大丈夫ですよ」

「即答! いいね」


 叶瀬の即答に若干驚きつつも、嬉しそうにグッと親指を立てた。

 その後一瞬だけ沈黙した後、美優は伺うような表情でさらなる提案を差し出してくる。


「できたらでいいんだけど……今日から勤務、とか……どう?」

「できます」

「うおおっ!? マジか!」


 これにも即答なのは流石に想定外だったようで、美優は仰け反って驚愕を表した。

 だがすぐに笑顔へ戻ると、辿り着いた応接室の扉を軽やかに開け放つ。

 叶瀬は席に着くや否や、雇用契約書の内蔵されたタブレット端末を手渡された。

 端末を受け取り、軽く説明を受けた後、画面の契約書にサインを記入していく。

 

「まさか即答とはねぇ……」

「仕事を覚えるのは、早ければ早いほどいいですから。これから、よろしくお願いします」

 

 驚きを隠せぬ美優の呟きに、叶瀬は淡々とした言葉と共にサインの入った端末を返した。

 受け取った美優は内容を確認してうんと頷いた後、勢いよく席を立つ。


「ようし! んじゃあ早速、共に働く同志の元へ案内しよう!」


 意気揚々と片腕を掲げると、応接室の扉を開けロビーへと歩いていった。

 彼女の後ろを、叶瀬はすたすたと追従していく。


 社員で賑わうロビーを歩きながら、美優はきょろきょろと周囲を見渡していた。


「どこかな〜……? お!」


 目的のものが見つかった彼女が、突如方向転換する。

 彼女の歩く先を覗き見ると、ロビーに並べられた椅子に座る1人の女性が見えてきた。


「……?」


 叶瀬は遠目から見たその姿に、強い既視感を覚える。

 あの女性、どこかで見たような……。

 菓子パンを片手に携帯端末をいじっていた彼女は、明るい水色の髪をしていて……。


「あっ」

「ん? ああ美優さ……」

 

 正体に気付いてしまったその時、向こうもこちらの気配に気付いて顔を上げた。

 美優へ向いていた目が一瞬で移り、叶瀬の視線と思いっきりぶつかり合う。

 しばらくの沈黙が走った後、目を見開いた両者はほぼ同時に口を開いた。


「「一昨日の……!!」」

 

 そう。

 『共に働く同志』の正体は、宇宙生物から自身と母親を救ってくれた、あの女性だったのである。


「え、知り合い……?」


 互いを指さす2人を見比べながら、美優はただただ困惑していた。

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